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気2800人を看取った医師が教える人生にとって大切なこととは。
ホスピス医の小澤竹俊先生の著書から、とくに私が感銘を受けたとこ
ろを抜粋して、ご紹介いたします。

私のほうで、一部編集しておりますので、あらかじめご了承ください。

1.なんでもない今日に感謝できる人は本当の幸せを知っている

どんな成功の日々も、平凡な日常に勝らない。ただ生きているだけで、
十分に価値がある。

私たちはふだん、「お金がほしい」「出世したい」「おいしいものが
たべたい」「海外旅行に行きたい」など、さまざまな欲望を抱えて
生きています。

そうした欲望は、もちろん前を向いて力強く生きていくための原動力
になりますが、欲望が満たされないと、心の中に不満や苦しみ、悩み
が生まれることもあります。

ところが、病気になったり、歳をとったりして、身体が思うように
動かせなくなると、欲望のあり方は変わります。

それまで「おいしいものが食べたい」と思っていた人が、「胃ろうで
はなく、もう一度自分の口で食事をしたい」と思い、「海外に行きた
い」と思っていた人が「もう一度、自分の足でトイレに行きたい」と
思うようになる。

つまり、当たり前の日常を望むようになるのです。

地震や火事といった災害に遭遇したとき、何らかの事件に巻き込まれ
たとき、自分あるいは家族が病気や怪我をしたとき、「人生最後の日」
を意識したとき。

人はいやおうなく、非日常の世界に連れていかれ、それまでの日常を
振り返ります。

そしてようやく、自分が多くのものを手にしていたことに気づき、
感謝するようになるのです。

そう考えると、常に「今日が人生最後の日だ」という意識持つことで、
日々の生活を大切にできそうな気がしますが・・・

残念ながら、それは簡単なことではありません。

人が非日常を抱えながら日常を生きることは、ほぼ不可能なのです。

たとえば東日本大震災が発生し、物流がストップしたり計画停電が
頻繁に行われたりしたとき、多くの人が日常のありがたさに気づき、
感謝したはずです。

しかし、あれから数年経った今でも、その思いを持ち続けている人は、
どれくらいいるでしょうか。

また、年老いた親が病気になり、余命いくばくもないと知ったとき、
多くの人は、おそらく必死で介護するはずです。

中には仕事を投げ出して、介護に専念する人もいるかもしれません。

しかし、それが10年も20年も続いたらどうでしょう。
最初のころと同じように、常に全身全霊をこめて、献身的に介護に
あたることができるでしょうか。

非日常というのは、とても過酷で疲れるものです。

だからこそ人は、非日常が長く続くと、自分の心身を守るために、
「非日常を忘れよう」「日常に戻ろう」とします。

「死」というものを意識しながら生活し続けるのが難しいのもその
ためであり、「常に緊張感を持って、毎日を生きる」というのは、
あまり現実的ではありません。

一見平凡な日々を、たんたんと長く積み重ねていく日常。

一時的に何かに集中したり、日常を振り返ったりする機会を与えてくれ
る非日常。

人ができるだけ悔いなく、「よく生きる」ためには、日常と非日常、
両方の大切さを知り、使い分けていく必要があると私は思います。

もし毎日の生活を「つまらない」と感じているなら、時々でかまい
ませんから、「今日が人生最後の日だ」と想像し、非日常の視点から
日常を眺めてみましょう。

食事がとれること、布団でぐっすり眠れること、大事な人といつでも
会えること、電気やガスがつくこと・・・・。

特別なことはなくとも、ふだん当たり前に過ごしている日常が、いか
に輝きに満ちた、かけがえのないものであるかがわかるはずです。


2.やらずに後悔して、この世を去ることが一番辛い

今の自分が絶対ではない。間違ってもいい。しかし、何もしなかった
後悔は癒されない。

「したいこと、やらなければならないことが、たくさんあるのに、
ついつい先送りにしてしまう」という人は、少なくないでしょう。

真面目な人であれば、「今はちょっと忙しいだけ」とわざわざ自分に
言い訳をしたり、何も行動していない自分が許せなくなったり、
「自分はなんてダメな人間なんだ」と自分を否定したりしてしまう
こともあるかもしれません。

しかし、常に緊張感を持って日常を送り続けるのは、とても難しい
ことです。

もちろん中には、日々全力を尽くして一生懸命に生きている人もいま
すが、多くの人がふだん、当たり前のように「明日やればいいや」と
考え、物事を先送りにしてしまうのも仕方がないことなのです。

ただ、死を前にしたとき、すなわち非日常の世界に足を踏み入れた
とき、本当にしたいこと、やらなければならないことが見えてくる
ことがあります。

私は以前、ある男性を看取ったことがあります。初めてご自宅を訪問
したとき、その方の容態が思わしくなく、残された時間が、長くても
一週間程度しかないことが、すぐにわかりました。

男性には、生活を共にする女性がいました。いわゆる「事実婚」の
関係です。お二人は何年も前から結婚を望んでおり、過去に入籍に
向けて動いたこともあったようですが、さまざまな事情から、
実現には至らなかったそうです。

しかし、大切な女性を残して、この世を去る日が目前に迫り、男性は
「どうしてあのとき、ちゃんと手続きをしておかなかったのか」と、
そのことを何よりも悔やんでいました。

そこで、私たち在宅緩和ケアチームは動きました。

戸籍謄本を取寄せなど、正式な手順を踏んでいては、とても間に合いま
せん。それでも「男性の後悔を取り除き、心穏やかに最後のときを迎え
てほしい」という一心で市役所にかけあい、どうにか結婚届を受理して
もらえることになったのです。

さらに、看護師さんやケアマネージャーさんたちがレースのカーテンで
作ったウェディングドレスを持参し、入籍が無事に済んだことの報告と、
ごく簡単な結婚式を行いました。

そのときの男性の穏やか顔、妻となった女性の輝くような笑顔を、私は
一生忘れることはないでしょう。

男性が長い間先送りにしていた入籍を、亡くなる数日前に実現できた
こと、それにより、男性が穏やかな気持で最後のときを迎えることができ
たことは、お二人にとっても、もちらん私たちにとっても、非常に価値の
あることでした。

したいこと、やらなければならないことを全部やる、というのは、なか
なか難しいことです。

人間は欲の塊(かたまり)です。すべての欲を完璧に叶えることはでき
ません。

しかし「今日が人生最後の日だったら」と想像し、もし「やっておかな
ければ、絶対に後悔する」ということがあれば、健康なうちに手をつけ
ておいてもよいかもしれません。

それがおそらく、自分を受け入れ、幸せに生きるためにも、心残りなく、
穏やかな気持で死を迎えるためにも、必要なことだと思われるからです。

一方で、健康なとき、人はなかなか、抱えているものを手放すこと、
他人にゆだねることができません。

ところが、人生の終わりが近づくと、「自分の力でできないことは、手放
そう」「他人にゆだねよう」と思うようになります。

そこで人はようやく、自分を縛っていたこだわりから解放され、本当の幸せ
に気づくことができるのです。

「自分でちゃんとやらなければ」という思いにとらわれ、苦しんでいる
人は、ぜひ一度「今日が人生最後の日だったら」と想像し、手放したり
他人にゆだねたりできることがないか、考えてみてください。

ここまでが本の内容になりますが、自分は不自由だ、少しも思うように
生きられていない、やりたいことができていない、という思いにとらわ
れてしまったときは、一度、立ち止まって考えてみてください。

自分はいったい何に縛られているのか、どのようなやらないことを選択
しているか。

これまで先延ばしにしていたことも考えてみてください。

人には本来、選ぶ自由が与えられているのです。自分自身がいろいろな
ことを選びながら生きているのです。

また、繰り返しになりますが、それまで「おいしいものが食べたい」と
思っていた人が、「胃ろうではなく、もう一度自分の口で食事をしたい」と
思い、「海外に行きたい」と思っていた人が「もう一度、自分の足でトイ
レに行きたい」と思うようになる。

当たり前の日常が、どんなにありがたいことか。ということに気づいて
いただければと思います。

「今日が人生最後の日だとしたら、どう生きたいか」を、みなさん、想像
して(考えて)みてください。

自分にとって大切なもの。それこそが、健康なときも、死を目前に控えた
ときにも、みなさんの人生や心を支えてくれるのです。

           参考:今日が人生最後の日だと思って生きなさい
              (ホスピス医 小澤竹俊先生)
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快癒力(上)に続いて、(下)になります。快癒力の本の内容
をいくつか編集しております。素晴らしい本なので、ぜひ購入
して詳しく見てください。

1.はじめに
病気にならない人はどのような人なのか、また病気が治る人は
どのような人なのか、といったことが、岡山県で、リウマチの専門医
として開業している篠原佳年(しのはらよしとし)医師が、「快癒力
(かいゆりょく)」という本に書かれています。

「意識が病気をつくり、意識が病気を治す(上)」に続いて、
皆さんにお伝えしたいことを、記載いたします。

2.目に見えない世界も厳然(げんぜん)とある
私たちは病気について考えるとき、どうしても西洋医学的な
考え方をします。ひとつは細菌を念頭におく。コレラはコレラ
菌、赤痢は赤痢菌、エイズはエイズウイルスによって引き起こ
されると思っています。

肥満とか高血圧が成人病を招くというとき、脂肪が体内でどの
ようになり、血管がどうなるから高血圧になって・・・とすべ
て具体的な説明をされて納得する。

そういう思考に慣らされているために「わけわからないが治る」
というようないい方は信用されません。

気などはさしずめわかりにくい筆頭で、信じる人間は信じるが、
一般の人は話には耳を傾けても、いざとなると検査づけ、薬づけ
と知りつつ、結局は現代医療の世話になってしまうのが現実では
ないでしょうか。

だが目に見えない世界というのが厳然と存在するという事実に、
もう少し目を向けてほしいのです。

その世界を知ることが実は病気にならない、あるいは病気を治す
ためにはひじょうに大切なことです。

最近、気功や超能力、宇宙エネルギーなど目に見えないものが
注目されはじめているのは、そういうものの影響力が想像以上
に大きいことがわかってきたからです。

目に見えないといっても、それは人間の肉眼で見えない、顕微
鏡で見えないということであって、それだけの理由で存在を否定
することはできません。

昔、顕微鏡のない時代は肉眼で見える世界しか存在が確認でき
ませんでした。いまは目に見えなくても微小な微生物の存在を
疑う人はいません。

それ以上に現代は物質の究極の姿がわかるようになってきました。
すべての物質が原子核と電子からなる原子によって構成されてい
ることは物理学の常識です。

最近さらにミクロの世界の探究が進んで、クォークとか他の極微
細物質(ごくびさいぶっしつ)の存在も確認されています。

人の目に見える波長の光である可視光線で見えるものは、この
宇宙にある電磁場の0.00数%のオーダーだという説もあり
ます。※難しい内容となりますが。

つまり私たちは宇宙にあるものの、ほんの極小部分(ごくしょう
ぶぶん)しかキャッチしていないらしいのです。

いずれにしろ量子理論を総合すると、この宇宙空間にある、あら
ゆる存在は同一のものから構成されている。そして物質もエネル
ギーも状態の違いにすぎないことがわかってきました。

人間を構成しているものは、宇宙を構成しているものとまったく
同一であり、原子核のまわりを電子がまわっているさまは、太陽
のまわりを惑星がまわっているのと同じ、ミクロの世界の裏返し
がマクロの世界だということになります。

病気となんの関係があるのかと思う人もおられるでしょう。いま
では医学もこういった宇宙論、宇宙の成り立ち、物質の根源、
あるいは宇宙の法則というものを抜きにして考えられないのです。

何もない空間からさまざまな物質を取り出し、その物質を他の物
質に変えたり、また瞬時に他の場所に物を移動させる超能力の存在
は、私自身がこの目で確認しています。

こうした超常現象を頭から否定していては、健康や病気について
も正しい対応ができなくなります。といって、私は正直いって
オカルトや超能力というものにそう興味を抱(いだ)いているわけ
ではありません。

現代医療の限界を強く感じていた私は突破口を見いだすため、死ん
だ人間を生き返らすといわれている神の化身(けしん)サイババ
に会うためにインドにも行きました。

「病気とは生命エネルギー、すなわち気というものが、形をつくり
出した心の影」「私たちは病気を通して生や健康を学んでいる」
「病気は熱きメッセージである」。

こういう病気観が確立したのはそのときの経験がひとつのきっかけ
になっています。

サイババからは結局、直接教えを受けることはできなかったのです
が、サイババという神々しい存在を前にして自分の心に問いかけた。

人間と宇宙が同じ法則によって構成されているなら、人はある心的
状態になったときに宇宙の究極の意志である、創造主から、そう
したことを教わるのだと思います。

3.なぜ病気はよくないと考えるのか
あらゆる病気は、その人自身が自分の超能力でつくり出しています。
胃潰瘍もガンもリウマチも、自分の潜在意識が体内につくり出した
もの、言い換えれば意識が物質化したものにはかなりません。

意識によってつくられた病気である以上、意識によって治らない
はずがありません。そこに気がつくことが、病気治しのはじまりと
いってよいでしょう。

霊障にはじまって、私は気功や超能力に首をつっ込み、いろいろと
遍歴(へんれき)しましたが、それによって得たのは「病気はその
人の意識によって引き起こされている」ということだけだったよう
な気がします。

現在の医療は、実際に人間の目に見える世界を対象にしています。
人間の肉体のなかを電子顕微鏡で見たものが治療の対象なのです。

だが病気の第一原因が意識だとすると、意識は目に見えないから、
目に見える限定された範囲内をいくら治療しても病気は治らない
ことになります。

そういう治らない病気を「難病は霊障だ」という非科学的な考え方が
治してしまう。

実際は霊障でもなんでもなく、気というもの、すなわち宇宙エネル
ギーを利用して、意識を変革することで治すのですが、現代医学が
ないがしろにした点を補っていることは認めないわけにはいきません。

といって私は西洋医学を否定はしません。西洋医学の素晴らしい
ところを大いに生かし、欠けているところは別の考え方で補って
病気を治していけばよいと思っています。

私は医師として病気を治すことに夢中になってきました。大げさに
いえば、そのためなら「悪魔に魂を売ってもいい」とすら思ってきま
した。

だがいまは「病気になることはそんなに悪いことなのだろうか」という
思いが強いのです。病気になることは、ものの本質、すなわち何が自分
にとって大事なことなのか、ということを「気づかせ」てもらうための、
またとない機会なのではないか、と考えるようになったのです。

実際、私が接してきたリウマチ患者さんたちは、難病を抱えて苦しん
だり、悩んだりしています。しかしその代りといってはなんですが、
地位や名誉や財産といった世俗的な欲望に振りまわされている人は
ほとんどおりません。

彼らの悩みはひたすら病気だけであって、それ以外の悩みからは解放
されている。これだって考えようによっては、リウマチという病気が
もたらすひとつの恩恵といえなくもない。

また、病気になることによって家族のきずなが強まることもある。
さらにいえば病気になることは、過去のその人の生き方への警報でも
あります。
 
「あなたのこれまでの生き方は問題ですよ」と教えてくれている。
その欠点に気がついて修正すれば、健康で長寿が保てる。たとえ、
それがかなわなくても、病気による不安、ストレス、恐れはなくなる。

このように考えれば、病気というものをそう簡単に悪者にするのは
明らかに間違いなのです。

病気は神さまからの熱きメッセージである。―――私たちはそれぞれ
懸命に生きています。だがその懸命さがいつも正しいとはかぎらない。

それは会社や社会とは調和しているかもしれないが、人間を生かして
いる自然や宇宙の法則と合致しているとはかぎりません。

また自分にとって心地よくても、周囲の人や家族にとっては好ましく
ないかもしれない。

病気になってそういうことに気がつくこともあるはずです。病気に
なると、これまで見えていなかった「本当の自分の姿」が見えてくる
のです。そのことがいちばん大事なのです。

4.治ったイメージづくりがいちばん大切
医者は病気を治せない。医者は患者さんにとって病気を治すための
よきパートナーにすぎず、薬も注射も一時的に患者さんの患部の痛み
を抑えるだけのもの。病気を治すのは患者さんの内部にある自然治癒
力なのです。

医者のなかには、医学の治療こそが病気を治すような錯覚を患者さん
に与える人がいますが、それは大きな間違いです。

また逆に、医学で未解明だからと「この病気は一生、上手につきあい
なさい」というのもおかしいのです。

では患者さんのよきパートナーとしての医者はいったい何をすれば
よいのか。私は気づきの手助けだと思っています。

具体的には、医師の役目は患者さんにたえず「病気の治ったイメージを
与えること」だと私は思っています。それによって患者さんが「治る」
という意識をもてれば、それが何よりも効果のある治療になりうるの
です。

医師の一言は患者さんにとって、ときに神の一言なのです。医師の軽い
一言が、患者さんにとっては心を砕く(くだく)巨大な岩石にもなり
かねない。「ガンではないか」と思い悩んでいる人は、医師が眉(まゆ)
をひそめただけで絶望してしまうかもしれないのです。

だから医師は検査の結果をただ告げればいい、というものではありま
せん。患者さんの心の状態を知ることも大事なのです。

私がつねに心がけているのは、患者さんに「治ったイメージ」を与える
ことですが、私の専門であるリウマチでは、この方法がいちばん効(き)
き目があるのです。

病気になれば医者とのつきあいが出てきます。そして病人にとっての
医者は、とりあえず、いちばん頼りにしたい人間です。

病気の発見段階から「治ったイメージ」を送ってあげれば、患者さん
の心を不安から治癒への期待へと転換させることができるのです。

わかったことは、肯定的に考えることは決して気休めなどではない。
自分が治って旅行に出かける姿とか、仕事に復帰した姿などをイメージ
することが、患者さんのもつ自然治癒力を高める最善の方法だと実感
したのです。

ところが、いまは患者さんのほうが、そういうやり方を信じてくれる
人が少ないのです。なかには信じてくれる人もいますし、素直な人は
私のそういう試みに応じてくれますが、生半可な西洋医学の知識を
もつ人、薬と注射と検査を最先端の医学と盲信している人には、なか
なかわかってもらえません。

ここまでが、本の内容になりますが、篠原医師は、リウマチの患者さん
たちの症状を少しでも和らげ、なんとか治癒にまでもっていく方法は
ないものかと、必死に暗中模索し、試行錯誤を繰り返した結果、「気」
というものにたどりついたのです。

私も気功療法をやっているなかで、「気」というものの素晴らしさと
不思議さに、日々、驚かされています。

「あなたの意識が、あなたの身体をつくっている」のです。病気になる
ことは「健康のありがたさに気づかせてもらう、身体からのメッセージ」。

病気になることは、篠原医師の考え同様、健康への第一歩だと私も
思っています。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。
気功療法に来られている方から、小林正観さんの「究極の損得勘定」の本を
貸していただきました。その中から、”言葉”と”体の原子変換”に関して、
本の内容から記載しております。ところどころ、私の方で編集しています。

1.打ち出の小槌(うちでのこづち)

自分の口からでてくる言葉は、「言えば言うだけもう一度それを言いたくなる
ような現象が降ってくる」というのが、宇宙の法則です。

聖書(せいしょ)の中のヨハネ伝の「はじめに言葉ありき。言葉は神と共に
あり、言葉は神なりき」という一節は、実は、人類創世期(じんるいそうせいき)
の描写ではなく、普遍的な宇宙方程式であるらしいのです。

「嬉しい、楽しい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとう、ツイてる」という
ような喜びの言葉を言っていると、またその言葉を言いたくなるような現象が
自分の身を取り囲む、そして、その数が多ければ多いほど本人が考えつかない
くらいすごい喜びの出来事が起り始める。

そうなると人生が楽しくてしょうがないですよ。ということです。逆に、
「世の中はそんなに甘くない」と言っていると、いつまでも「甘くない」状況
に囲まれているということです。

そういう単純な方程式を言っているわけで、「肯定的な言葉をいつも言える
ような心の美しい人にならなければいけない」という話ではありません。

このことは以前「楽に楽しく生きる」という本で書いていますが、これを読んだ
方から次のような質問をされました。

「念ずれば思いは叶(かな)う、ということを自己セミナーで聞きました。
それと同じですね?」

ぜんぜん違います。私の話は根性型自己セミナーの教えとは180度違うのです。

その方は、「ナンバーワンになりたい、と言っていればナンバーワンになれる
ということですね?」とおっしゃいました。そうではありません。


「ナンバーワンになりたい」と言っていると、来年もまた「ナンバーワンになり
たい」と言っている状況が続く。すなわち永久にナンバーワンにならない、と
いうことです。

言葉が現象化するとはそういうことです。「~になりたい」と言い続けて幸せに
なった人はいません。

私が把握した宇宙法則には、自己啓発セミナーで教えているような、「思い続け
れば夢は叶う」というものはないようです。

「ありがとう」を年間1万回言ったとしたら、また「ありがとう」と言いたく
なるような現象が、1万個降ってきます。「ありがとう」の内容はわからない
けど、ただ「ありがとう」と言いたくなるような現象が用意されるのです。

「~になりたい」「~がほしい」と叫んでいる人は、自分の欲望の通りになって
欲しいという思いがあります。

それでは宇宙方程式は使いこなせない。顕在能力15%にとどまっている間は、
この「打ち出の小槌」は振れないのです。「打ち出の小槌」実は自らの言葉だっ
たのです。

「言葉は神なりき」。言葉はオールマイティーの力を持っているということです。
実践してみればわかることですが、考えてもわかりません。やってみた人だけに、
とんでもないもない楽しい人生がはじまるのです。

ある週刊誌のグラビアページで、次のような実験が紹介されていました。

スメタナの「モルダウ」を聞かせた水は、非常にきれいな結晶となった。そして、
ショパンの「別れの曲」を聞かせたら、バラバラの結晶になった。へヴィメタル
の音楽を聞かせたら、ぐちゃぐちゃな結晶になってしまった。「愛してます」
「感謝してます」という言葉をかけた水は、ダイヤモンドのようになった。


「よくできたね」と言ったら桜の花びらのようになった。「ムカつく」「殺す」
と言ったらぐちゃぐちゃの結晶になった。「ありがとう」と言ったら、一番きれ
いな形になった。

人間も、「ありがとう」という言葉を聞くと、体内の水分もダイヤモンドのよう
なきれいな結晶となり、細胞が元気になるらしいのです。

2.超能力を使いこなす

フランスのある生物学者が、ニワトリにカルシウムを与えなかったらどうなる
か?という実験を3ヵ月間行いました。

その結果、カルシウムのついていない卵、つまり殻がついていないぷよぷよの
膜だけの卵を産むようになりました。

ニワトリが3ヵ月後に殻なしの卵を産むようになったということを確認した上で、
カルシウム(Ca)の元素記号上一つ手前のカリウム(K)をエサの中に混ぜ
て与えたところ、1ヵ月後、なんと全てのニワトリがカルシウムのついた(殻の
ついた)卵を産むようになったそうです。

元素周期表を見てください。地球上に存在する元素の組み合わせで物質が組成さ
れているという話は、みなさんご存知ですね。

そして、19番のKがカリウム、20番のCaがカルシウム。元素とは、もともと
地球上に単体で存在していて、それぞれが違うものであって、物質はそれらの組み
合わせによってできている。つまりこれ以上分解できないものが元素です。

この実験から、なんと「鳥の体の中で原子変換がなされている」ということを、
この生物学者は証明したのです。つまり、カリウム(19番)が、なんとカルシ
ウム(20番)になってしまった、ということなのです。

もともと核融合(かくゆうごう)というのは、8000度くらいの温度でないと
起こらない現象です。

例えば太陽は、核融合しながらずっと燃えている。物質が燃えているわけではなく
て、核融合だから、延々と続いているわけです。

ニワトリは、体温が39度ほど。人間と2度しか違わないのですが、その温度で
カリウムがカルシウムに変換してしまうということは、宇宙の奇跡。そして、
その生物学者が論文に書いて発表したものが、ノーベル生物学・医学賞候補に
ノミネートされたほどです。

実は、ニワトリが体内で核融合をする「原子変換」機能を持っているという
ことは、もっと高度な機能を持つ人間にも、同様の能力があるということではない
でしょうか。

目の前にあるものについて、「これ食べると太っちゃうのよね」と言いながら食べ
ていると、そのとおり太る。

「何を食べても絶対に太らないのよね」と言いながら食べると、太らない。そう
いうプログラムが体内でセットされているからです。

防腐剤や着色料が入っていても、「私の体の一部になってくれてありがとう。栄養
になってくださってありがとう」と手を合わせ、何でも笑顔でバイバリ食べている
人は、意外に元気なのです。原子変換のなせるワザなのです。


人間の体を壊す四つの条件があります。

「酒、たばこ、暴飲暴食」、これら三つは、それぞれ5%程度の影響で、この3項目
の集積でも20%ほどしか関わっていませんが、実は四つ目の条件が、体を壊す
要因の80%を占めているようです。

「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」というものです。

私たちが普段何気(なにげ)なく発している言葉や思いに、体は従属しています。
カチッと音がして、体内の「原子変換」が働きはじめるようです。

これから、「バカ」だの「アホ」だのと言われたときに、にっこり笑って「うれしい。
私にとってその言葉はエネルギー源です。」という原子変換装置をセットすれば
よいのです。

言葉は、自分のフィルターを通して自分のなかに入ってくるのですから、「バカだの、
アホだの、ドジ、クズ、マヌケ」と言われて、一般的に他の人がどう思おうと関係
ない、自分はそれを聞いてニコニコしていられるだけでなく、感謝することもできる。

そのように自分でセットすると何でもなくなってしまう。全部を栄養にし、エネル
ギーのもとにすることができる。

宇宙を味方にして、究極の損得勘定で生きてみてはいかがでしょうか。

3.佐賀県の宝くじ

佐賀県の高島という小さな島に、宝当神社(ほうとうじんじゃ)という神社があり
ます。近年過疎化が進んだため、島おこしをしようということになりました。

神社の“宝当”の文字にあやかって、宝くじが当たるかもしれませんね。というふれ
こみで、ホームページを開設したところ、全国からずいぶんたくさんの人が来るよう
になったのです。

島のおばあちゃんたちが、“宝当袋”というものを手作りし、売ろうということに
なりました。買った宝くじを入れて、宝当神社にお参りするとご利益がありますよ、
というわけです。

ところが2002年、この“宝当袋”を縫っていたおばあちゃん2人に、なんと、1億円
の宝くじが当たりました。わずか人口470人の島です。

そのことがあってから、一気に全国に広まり、この神社は一躍有名(いちやくゆう
めい)になったのです。

この話のポイントは、「この袋に宝くじを入れてお祈りをした人に宝くじが当たり
ますように。この島を訪れた人が、幸せになってくれますように。」と、心を込め
て袋を縫っていたおばあちゃんに、1億円が当たったということです。

人の幸せを願うと、自分がまず先に幸せになってしまったという“喜ばれる存在”
には宇宙の法則が働くということです。

いかがだったでしょうか。すべて、潜在意識の法則によるものですが、いやなことを
言われても、自分の原子変換装置を使って全部を栄養(エネルギー)にしましょう。

これも訓練です。まずは、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わないようにし、
宇宙の法則を逆に利用しませんか。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

病気にならない人はどのような人なのか、また病気が治る人はどのような人なのか、
といったことが、岡山県で、リウマチの専門医として開業している篠原佳年(しの
はらよしとし)医師が、「快癒力(かいゆりょく)」という本に書かれています。

私が気功療法をおこなってきたなかで、結果のでる方、結果のでやすい方、結果の
でない方、結果のでにくい方、すべてではありませんが、この本に書かれている
“意識”が大きく関わっているのは間違いありません。

私は気功療法と合わせて、皆さんの意識(ココロ)を変える方法をいろいろと模索
してきました。

病気で、たいへん苦しまれているかと思いますが、皆さんに、ぜひ理解していただ
きたい内容になります。

篠原医師は、リウマチの患者さんたちの症状を少しでも和らげ、なんとか治癒に
もっていく方法はないものか、必死に暗中模索し、はたまた試行錯誤を繰り返した
結果、「気」というものにたどり着いたそうです。

篠原医師は、病気で苦しむ人を救うための能力が欲しく、
超能力、霊能力などに凝って、その方面の勉強をしたそうです。

世界的に有名な霊能者にも会いに、インドまででかけていき、実際に不思議な現象も
体験したとのことです。

しかし、タバコで5百円玉に穴をあけたり、空中から時計や首飾りを出したりする
超能力よりも、苦しむ人を救うための超能力を求めていたのだそうです。

篠原医師は、霊障(れいしょう)にはじまって、気功や超能力に首を突っ込み、いろ
いろと遍歴(へんれき)しました。

たどり着いた結論としては、「あらゆる病気は、その人自身が自分でつくりだした
もの。胃潰瘍もガンもリウマチも、自分の潜在意識がつくりだしたもので、言い換え
れば「意識=気」が物質化したもの」。

それによって得たのは「病気はその人の意識=気によって引き起こされている」と
いうことです。

したがって、意識=気によってつくられた病気である以上、意識=気によって治ら
ないはずがないということです。

篠原医師は、試行錯誤、紆余曲折(うよきょくせつ)の末、最終的には、気の本質
へとたどり着きました。

前置きが長くなりましたが、それでは、本の内容に入っていきます。私の方でいく
つか編集しておりますので、あらかじめ、ご了承ください。

1.あなたの病気観は
病気は悪いものである。病気は体に起きる現象である。病気は治さなければいけない
ものである。

病気を治すには病院へ行かなければならない。こういった既成概念はことごとく
間違っています。

病気は決して悪いことばかりではない。病気は体に起きた異変とばかりはいえない。
病気は治さなくてもいい場合がある。

病気は病院へ行けば悪化する。できたら病院へは行かないほうがよい。こういう
「病気観」も必要だと思うのです。

気というものにたどり着いた私が、その観点から難病の人を大勢あつかってきて、
いま「あなたの病気観は?」と問われたら、「病気とは、“熱きメッセージ”である」
と答えます。

病気とは、その人の生き方に対するメッセージなのです。だれからのメッセージかと
いえば、“神様でもなんでも、自分の気に入っている者でよい”と思います。

ともかく心と体からなる人間という存在は、生命エネルギーを得て生きている。その
生き方がどこかで狂ったとき、その事実を伝えるメッセンジャーが病気である。

その症状の裏に隠されている本当の意味を理解することに努めなければならないの
です。

2.難病が治るケースはこの3つしかない
私の経験によれば難病が治るケースは次の三つしかありません。第一に「病気をあき
らめた人」、第二に「病気を忘れた人」、第三に「人のために尽くした人」です。

結論からいえば、病気にエネルギーを使わなくなってしまった人たちなのです。

多くのリウマチ患者さんを診ていて「この人は絶対に治らないだろうな」と思われる
人がいました。

症状も悪ければ検査結果も最悪。そのうえ、治りたい気持ちが人一倍強く、来るたび
に「治せ、治せ」と鬼のような形相でせがむ。

難病だけに医師としてこんなにつらいことはありません。正直いって、会うのがつら
かったです。

その患者さんがしばらく来ないと思っていたら、久しぶりにやってきました。彼女の
顔を一目見て私は驚きました。

顔つきがまるで変わっているのです。穏やかで明るくて笑みさえ浮かべています。

「元気そうじゃないですか、どうしたんです?」。すると彼女はこういったのです。
「先生、もうあきらめちゃった」。

 検査してみると、リウマチで最高の数値だったのがマイナスになっている。「治り
たい、治りたい」と、それだけを願ってもあれだけ治らなかった人が、あきらめたら
逆に治ってしまったのです。

ある人は相当症状が悪いはずなのに通ってこなくなった。久しぶりに来たので事情を
聞いてみると、孫が生まれたそうで「その世話で、忙しくて、忙しくて、病院に行く
のなんか忘れてしまった」というのです。

薬もずっと飲んでいないといいます。この人も検査してみると、劇的に快方へ向かっ
ていました。また、自分の病気そっちのけで、人のために尽くすことで、快癒を果た
した人もいます。

病気をつくるエネルギーを他のものに転換したのです。

その結果、自分の気持ちが楽になって世の中が素敵に見えてきて、毎日わくわく生き
られるようになったのではないでしょうか。

それとプラス思考が大切で、物事をなんでも前向きによいほうへととらえる。こういう
思考態度をもつ人も良い結果へとつながります。

「あきらめる」「忘れる」「人のために尽くす」の三つのどれかを実行されたらよいと
思います。

3.病気もまた「思ったことは実現する」
イメージと病気は深くかかわっています。「自分は風邪をひきやすい」と思っている人。
そう思っているかぎり、生涯、風邪と縁の切れることはないはずです。

成功哲学では、「思い続けることは実現する」といっていますが、病気もまったく同じ
で「病気になる」と思っていると病気になります。

ウイルスが存在しますし、それが風邪の症状を引き起こすのは事実です。でも引き金に
なっているいちばんの原因は、その人のイメージではないかと思うのです。

特別、体が頑強でもない、おばあさんが風邪を引かないのは「自分は風邪をひかない
体質だ」と思っているからです。

「この子は風邪をひきやすくて・・・」とか、「この時期になるといつも・・・」など
といっているのを見かけますが、あれは絶対にやめたほうがいいです。

寒い季節になると、風邪の話題がマスコミでよく取り上げられます。これをまともに
受け入れないようにしてください。

同じ心の中で思うなら「自分はひかない」「ひいても軽くすむ」と思うことです。気の
向かう方向が180度違ってくるからです。

こういう考え方は風邪にかぎらず、すべての病気についていえることです。

血圧を測って「あなたは血圧が高いですよ」といっても「そんなことあるもんか。
わしゃ血圧は低いんじゃ」と、理不尽ないばり方をする頑固な患者さんがいますが、
そういう人は、血圧が高くてもその悪影響が軽くてすむということが現実にあります。

4.ガンになりたくないと思ってもムダ
種をまくという点ではガンもそうです。

「いまから目をつむってレモンを“思い浮かべない”でください」といいます。これを
そのとおりできる人はまずいません。「レモン」といっただけで、もうすぐにレモンを
思い浮かべてしまう。

すっぱさまで感じて唾液の出てくる人もいます。どんなに心で否定しても、イメージ
されたものは「そうなりたい」と願っているのと大差がない。

自分がいちばん望まない未来を、もう自分のなかでこしらえはじめているからです。

「ガンになりたくない」と人はよくいいますが、レモンと同じで「ガン」というイメ
ージが出てくると「なりたくない」のと「なりたい」のは同じ結果になります。

なぜガンになりたくないか。ガンが怖いからです。怖い怖いと思っていると恐れの
ほうが強ければ、そちらのほうが心の奥底に深く入っていき、それが青写真になって、
ガンがつくられてしまうのです。

だれだって病気になんかなりたくない。だったらあまり過度に「なりたくない、なり
たくない」と思わないことです。

一生懸命考えることは、いかにそれが否定形であっても、ひたすらそれを念じている
のと、少しも変わるところがないからです。

5.自分らしさを失わないことがコツ
 結局のところ人生観を変えないと難病でもガンでも、本当はすべての病気も治らな
いのです。なぜかというと病気の本当の原因は自分にあることを知らないからです。

たとえば人間ドックへ入っていろいろな検査をします。そして肝臓が弱っているとか、
血糖値が高い、尿酸値が高いといった検査データが示されます。そして肝臓が弱って
いるのが事実としても、その原因はわからない。

酒の飲み過ぎ、仕事のし過ぎといった目に見える事柄を指摘するのは簡単です。それ
は原因のひとつかもしれないが、全部ではない。

だから酒を飲まなくても肝臓を悪くするし、気が狂ったように働いていても、病気に
ならない人はならないのです。

病気を治すのに、病院を変えて、医者を変えて、薬を変えてもいっこうによくなり
ません。

なぜなら自分に原因があるのですから、自分を変えることが病気を治すことに、早く
気づかなければなりません。

このことを気の観点から考え直しましょう。みなさんもご承知のように呼吸という
のは吸って出すことの繰り返しですが、多くを吸うためにはまず出さなければなり
ません。

出せば黙っていても入ってくる。循環システムができているものは、いくら出しても
出したそばから入ってくるので、減ることがない。ますます機能が向上して、入る
量も増えていきます。

病気というものは、内に溜まった気が病気に向けられることなので、なるべく外に
出す必要があるのです。

出していれば、気のバランスが崩れない。膝の痛い人、腰の痛い人は90%以上の
確率で内臓の病気をもっている。

気を外に出せばいいのです。人を喜ばせる。人を笑わせる。そうすれば自分が笑え
るようになります。自分が先に笑うことを考えてはダメなのです。

いい空気をたくさん吸おうと思ったら、まず息を吐き出さなければならない。とこ
ろが出すのはもったいないからと、 少しだけ吐いていい空気をたくさん吸おうと
する。

そういうケチな気持ちがあると、結局よい空気は吸えないのです。

命も同じようなもので「惜しい、惜しい」と思っていると、どんどん目減りして
いく。

ガンで「あと何ヵ月」といわれた人が「儲けた」と思うと助かってしまう。そう
やって捨てきれた人は元気になります。

捨てきれなかった人は、もっといい医者を見つけて、また切ってもらって、再発する。
こういうケースも決して少なくはないのです。

これはいったい何かというと、結局は人生観の違いになってきます。病気の人ほど
体を大切にします。これは当たり前のようですが、その姿はどこかモノを大切にする
のと似ています。

自分の体は自分の一部ですが、人間は体だけの存在ではない。体ばかり心配すると、
そこにエネルギーが集中し、かえって病気は重くなっていくのです。

病気になったということは「あなたのいままでの生き方はよくないですよ」と体が
教えているのです。

自分本来の生き方を逸脱(いつだつ)したとき、体がそれを教えてくれるのです。
自分らしさを失ったときが、健康面でいちばん危ないのです。

自分らしさとは、人それぞれでしょうが、共通の指標として、それは自分がいきいき、
わくわく、楽しくしていられる状態です。

ロケットを飛ばすとき、軌道からはずれたら、すぐに軌道修正をするように、人生も
それと気がついたら、すぐに軌道修正が必要なのです。

病気とは私たちのもつエネルギーが、病気をつくることに使われた結果なのだと私は
考えたのです。

宇宙に存在するエネルギーの別名が気ですから、それは気によって生じたといって
よい。

たとえば、ひどいストレスを感じたとき、そのショックから胃に気を集中すれば、
たった一晩で胃に穴をあけることもできるのです。このことは治癒についてもいえ
ます。
 
一晩で胃に穴をあけることができるのだから、一晩で胃をもとどおりにできるだけの
能力を人間はもっている。

こういう考え方で、治癒の観念がまったく違ってきます。

私も、意識が病気をつくり、意識が病気を治せると考えております。ぜひ参考にして
いただければと思います。
あけましておめでとうございます。

2019年のはじまりは、やはり”マーフィー理論”です。

マーフィー博士は、潜在意識で思っていたことが、現在の私たちを作って
いると言っています。

潜在意識とは、私たちの生命を維持してくれている意識です。食べたもの
から血液や細胞をつくったり、呼吸を自然にしてくれたりする意識です。

手を動かすや足を動かすという意識は、顕在意識(けんざいいしき)と
言います。

生命を維持してくれるほか、目の前に起きることや運がいい・悪いも潜在
意識の領域になります。

人生は、意識しようがしまいが、すべては「引き寄せの法則(類友の法則)」、
潜在意識の法則で成り立っているということです。

皆さん、頭でわかっていても、現在の否定的な状態から肯定的な状態へと
潜在意識を書きかえるには、どうすればいいのかと感じている方がほとん
どではないでしょうか。

希望や夢、そして病気の回復に対して、「できる」や「治る」と言い聞か
せようとしても、ほとんどの人が「やはり、無理かな」「そんなにうまく
いくはずがない」と思ってしまいます。

これは、過去の情報(経験)、とくに刺激的な情報は潜在意識に入りやす
く、過去の失敗・恐怖・不安などの情報がすり込まれていくのです。

そして、何かをやろうとすると潜在意識から、断片的にこのようなマイナ
スの感情がでてきて、ブレーキをかけるのです。心の壁が立ちふさがるの
です。

このような心の壁がでてくるのも、やむをえないことで、通常、脳波は
ベータ波が強くでているため、潜在意識のドア(入口)は閉じている状態
なのです。

ところが、すんなりと入力できる時間帯があるのです。マーフィー博士の
いう、夜の入眠時。

心身がリラックス、うとうととした状態のときには、アルファ波よりも
シータ波が出現します。

気功のときの深い瞑想時にもでてくる脳波です。

このとき、潜在意識と顕在意識の境がほとんどなくなり、希望や夢、病気
の回復が直ちに潜在意識に受け入れられるのです。

<眠りについて>
 皆さんよく聞かれると思いますが、レム睡眠、ノンレム睡眠。
 このレムとは「急速眼球運動=Rapid Eyes Movement」
 の頭文字をとったものです。

 レム睡眠中は、目を閉じた状態でも眼球は動いており、身体は休んで
 いますが、脳はさかんに活動しているのです。

 このレム睡眠中に記憶の整理や記憶の索引づくりのようなことがおこな
 われていると言われているのです。

 また、ノンレム睡眠中は、脳はしっかり眠っていると言われています。

 そのため、レム睡眠は大脳を活性化する眠り、ノンレム睡眠は大脳
 を鎮静化(ちんせいか)する眠りです。

 ノンレム睡眠とレム睡眠の周期は、1回約90分。この周期を4~5回
 繰り返すので、夜11時に寝ついた場合、朝5時、または6時半ごろ
 が一番目覚めやすい時間なのです。

 目が覚めて活動しているときの脳波 : ベータ波
       ↓
 目を閉じて安静にしているときの脳波 : アルファ波
       ↓
 少しまどろんだときの脳波 : シータ波

このアルファ波~シータ波にかけて、希望や夢、病気の回復の言葉を
唱えながら、眠りにつくのです。

それにしても不思議ですが、このときに、潜在意識へのインプットや
集合意識によっていろんなことができるのです。

肉体と心(顕在意識)は三次元、潜在意識は四次元であると私は考えて
います。

すべての人に備わっている力、そして生命を維持してくれている力、
人生を変えることのできる引き寄せの力=潜在意識を使わないのはもった
いないです。

アメリカの心理学の父とよばれるウィリアム・ジェームスは、「過去百年
でもっとも偉大な発見は、潜在意識の力に気付いたことであると」述べて
います。

また、19世紀の偉大な心霊治療師、フィニアス・クインビー博士は、
すべての力を癒しの神にささげるよう説きました。こうして完全な創造主
のイメージを持たせるとともに、天の摂理によって定められている精神の
バランスや安らぎ、健康へと向けさせようとしたのです。
この治療は実に効果的でした。

現実のことであれこれ思い悩むのをやめ、心の中にある全能の力に目を
向ければ、問題が解決できることを説きました。

私もマーフィーの法則を実践した中で、一番簡単で、究極(きゅうきょく)
の方法があるのです。

それは、自分の願望を示す単語だけでじゅうぶんなのです。

病気の場合は「健康」、不幸な家庭なら「幸福な家庭」、お金が必要なら、
「富裕(ふゆう)」などという単語だけでいいのです。

その理由は、単語には判断が一切はいっていないのです。「健康」という
単語は、「私は健康だ」という文章とちがって、少しも判断がはいってい
ません。現実は無理だという判断がはいりません。

判断がはいらない以上は虚偽(きょぎ)ということもありません。

嘘(うそ)というのは、「AはBなり」と言った場合、現実には「Aは
Bでない」ときに、はじめて嘘(うそ)になるわけです。

ですから、逆暗示(ぎゃくあんじ)の起こりやすい人は、単語だけを繰り
返せばいいのです。

この単語を言うだけでも、顕著(けんちょ)な反応があることは、精神
身体医学ではよく知られていることです。

ここが大切です。単語を聞いたら、それが意味するもっともすてきな光景
を連想できるようにさえしておけばいいのです。

「健康」などと繰り返すたびに、意識する心に起こったことは、潜在意
識に引き渡されます。そして、潜在意識に引き渡された考えは、現実の
世界に起こってきます。

信じることと続けること。そして夢の中や日常の中でのヒラメキなどが
起きてきますので、「行動」です。

行動とは、大げさに考えずに、夢の中にでてきた場面や言葉について
調べてみるとか、ヒラメキについて本を買ってみるなど、ちょっとした
ことでいいのです。そこから、つながっていくのです。

<毎年恒例>
 年始におこなっていただきたいことがあります。

 自分宛てに手紙を書くのです。それによって、潜在意識に思いつきと
 願望とを印象づけることができるのです。

 手紙に「かなえられた祈り」と書きつけます。それはそのとおりに
 なります。そして、封をして、机やタンスの引き出しの中にしまって
 ください。

 1年後、開封してください。きっと驚くことでしょう。

<ありがとうプロジェクトについて>
 以前のブログで載せました「奇跡を起こす ありがとう」プロジェクト
 ですが、気功に来られている約20名の方々がおこなっております。

 初日からの感想ですが、「いらいらがなくなった」、「精神が安定
 してきた(ニュートラルになった)」などがあります。

 「スクラッチが当たった」、「息子さんの転職先が好条件で決まった」、
 「詐欺にあって悩んでいたが、ありがとう3000回のタイミングで
 急きょ解決した」、「体の痛みが治まってきた」、「家族間の問題が
 解決した」など、書ききれないほどの良いことが皆さんから報告され
 ています。

 1日千回のありがとうを言ってみてください。気持ちが入っていなく
 てもいいです。良いことが起きだすと自然に気持ちが入ってきます。

 ひたすら言ってもらえればいいです。私は、朝夕の犬の散歩のときに
 言っております。
 

最後に、私たちは潜在意識(脳)によって生かされています。脳は一つ
のことしか考える(見る)ことができません。時計を見る場合も、時刻
を見たい場合は針しか見えません。メーカを見たい場合メーカ名しか見え
ません。

失敗や不安よりも、なりたい自分を考えるようにしてください。自分に
必要のないものやテレビ・マスコミの不安な情から意識をそらしてくだ
さい。

今月のブログも長くなりましたが、最後までお読みくださり、ありがとう
ございます。