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気功療法に来られている方から、ご紹介のあった
「なにがあっても、ありがとう 鮫島純子著」より、
私自身が素晴らしいと感じ、私自身も人生の修行を
していこうと思うことをまとめてみました。

【鮫島純子】
「TBS爆報!THEフライデー」で紹介。
どんな災難や不幸にも感謝する93歳、渋沢栄一の孫。

渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日
(1840年3月16日) - 昭和6年(1931年)11月11日)は、
江戸時代末期(幕末)から大正初期にかけての日本の
武士(幕臣)、官僚、実業家。第一国立銀行や東京
証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に
関わり、「日本資本主義の父」ともいわれる。
(インターネットより)

1.つらく苦しいことにこそ、誠実に向き合う

つらく苦しいことに出遭(であ)ったときは、なかなか
それを受け止められず、他者を責めたりしがちです。

そんな状況に陥(おちい)ったときにも、「自分に縁の
ないことは起こらない」という人生のしくみを信じて
乗り越えられる心構えが身についてくると、悲しみに
打ちのめされることもなく、「これは自己責任」と
覚悟の上で乗り越えられるようになります。

人間に生まれたということは、前世でなし得なかった
クリアすべき問題が残っているということです。

ネガティブな想いではなく、「前世から抱えている
問題が、解消されるために現れたのだ」と固く信じ、
感謝の気持ちに切り替えて「これでよくなる」と
思う努力をします。

永遠のベストセラーといわれる聖書には、「神は耐え
られないほどの試練は与えない」という聖句(せいく)
が載っています。

いくら神様のなさることといえども、そのようなものを
「与えられる」と逃げたくなるのが人情です。

けれども、「身近に起こるマイナスの事象は、自らが
決めたレベルアップの手段で、すべて自分で解決できる
はず」と解釈(かいしゃく)するといかがでしょうか?

どんなにつらく苦しいことも、感謝の気持ちしか生まれ
ないように思えます。

こう認識できるまで、私も時間がかかりました。

たとえば失敗も、自分を育てる貴重な体験です。なぜ今、
自分はこういう事態を引き起こし、自分に何を学ばせよう
としているのか。

そう考えて問題と向き合うと、失敗もありがたく感じ、
自然と事態も好転していきます。

自分に縁のないものは決して起こらない――――。

そういった人生のしくみを信じれば、つらく苦しい時間も、
魂を磨く大切なひと時として、ありがたく思えてくる
ものです。


2.運がよい、悪いは自分次第

「運」と聞けば、まるでどこかからか偶然やってくるよう
に思われる方もおられるようですが、そうではありません。

運は、自分がつくりだすものです。

自らの可能性を信じ、明るい自分をイメージしながら、
楽しく努力して生きていくことが大切。

自分はダメな人間だと思ったら、どんどん不運な出来事が
目の前に起きてきます。

グチも悪口も、マイナスの波動です。なるべく心に留(と)
めないように、ポジティブに転換することを心がけます。

不都合な嫌なことが起きたとして、自分には身に覚えは
なくとも、「前世でつくった誤ったネガティブなエネル
ギーが、今現れて消えているのだ」と考え、「これを乗り
越えれば、消える」という強い信念を持つことです。

身近な小さな幸せに感謝して、「自分は幸運な人間だ」と
思っていると、いつの間にか、何事も幸せに感じられる
ようになる。それが人生のしくみです。

自分が生かされていることに感謝、太陽の恵みに感謝、
両親の愛情に感謝、こどもたちに感謝――――。

どんなことにも感謝を忘れない日々を送れたら、グチも
不満もいつの間にか消えて、幸せな出来事が次々に目の前に
起きてきます。

「幸せだな」「ありがたいな」という気持ち、その波動が、
同周波数(どうしゅうはすう)の運命につながるでしょう。

感謝の波動は、幸せな運命と響(ひび)き合う。


3.感謝の習慣は「太陽」から

私が今、こんなに元気で、毎朝、「今日も一日、感謝に
満ちて暮らしましょう」と、すがすがしい気持ちでいられる
のは、朝の散歩の折(おり)に、太陽の光を全身に浴び
ながら、と天に向かって「生かしていただいてありがとう
ございます」と祈る習慣が身についたからだと思えます。

なかなか分かっていただけないかもしれませんが、宇宙の
気と同調できたような、びりびりと鳥肌が立つような響き
が感じられるのです。

「サムシンググレート」と申し上げる、何か大いなるパワー
を注入していただける感覚といったほうがよいかもしれません。

自分を内観(ないかん)し、心の中にざわざわした気持ちが
あると思うときには、念力的にならぬよう、心を静かに、
宇宙の気との同調を感じるまで祈ります。

この太陽に祈る毎日の習慣が、何に対しても感謝できるよう
になった原点と思えてなりません。

この本をお読みくださる方の中にも、苦手な人に感謝、つらい
ことに感謝などと言われても、すぐには納得できない方も
おられることでしょう。

それでも、毎日気が晴れない、心にわだかまりがつかえている。
といった方は、散歩の途中にでも、自分のお気に入りの場所を
見つけ、大自然の中で「ありがとうございます」とつぶやい
ていただきたいと思います。

忙しい方は、散歩をなさらなくても、カーテンを開けて
「ああ、今日はいいお天気」と思ったら、一分でも二分でも、
光(ひかり)を浴びながら祈る習慣を養ってみてはいかかで
しょうか。

はじめは口先だけでも、感謝の言葉を発していると、後から
心が追いついてきて、どんなことにも「なんてありがたい
ことかしら」と、つくづく思えるようになってきます。

もし嫌な記憶が出てきましたら、何回も太陽に向かって
「光を届けてくださり、ありがとうございます」と言い続けて
みてはいかがでしょうか。

やがて優しい穏(おだ)やかな気持になり、マイナスの事象に
とらわれる時間がもったいないとさえ思えてくるから不思議です。

ここまでが、この著書で、私が感動したことのまとめになり
ます。鮫島さんが、93年生きてきて、やっとわかってきた
とのことです。

私も皆さんも感謝して生きていきたいものですし、思いやりや
優しさ、人に尽(つ)くしたい奉仕の心などを深めるという、
魂のレベルアップこそ、人生の目標かと思います。

幸せは、その目標に向かって、一瞬一瞬(いっしゅんいっしゅん)
を大切に生きることで得られるのではないでしょうか。

この著書を読んで、自らの人生を肯定(こうてい)し、嫌な
事態も喜んで、「これも自分にとって学ぶべき応用問題。

日々、精神的に上(あ)がったり、下(さ)がったり、その
境遇(きょうぐう)も大切なひと時」。

肉体は期間限定、魂は永遠。なにがあってもありがとうです。

本当に素晴らしい著書です。この冊子では、表現できていない
鮫島さんの生き方。この「なにがあっても、ありがとう」は、
苦しいときや悲しいときなど、座右の書になります。


なにがあっても、ありがとう 鮫島純子著より

最後まで、お読みくださり、ありがとうございます。
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この冊子は、気功療法に来られています方からお借りした、
ホリエモンの「自分のことだけ考える」から抜粋、および編集
(皆さんに向けたメッセージに変換)しております。

ホリエモンのライブドア時代、横柄で自己中心的で、生意気、
そんなイメージでしたが、いくつかの著書やユーチューブを
見ていると、物欲もほとんどなく、すべてを本音で語り、意外と
いい人であることがわかりました。

とくに新しい感覚の方で、世の中全般を見渡し、学校教育・働き
方など、日本社会がどうあるべきかを追求し、やりたいことを
やる姿勢が、本当に素晴らしいかと感じます。

今回の冊子では、“現状を変えたかったり、成長したかったり、
何かをなしとげたかったりする「勇気ある人」のために編集い
たしました。それでは、本文にはいります。

成功は逆境から始まる。

1)自由に生きる
 丸一日何も食べていなくてお腹がペコペコで、目の前に
ご飯がでてきたら、誰だって何も考えずに食べるに違いない。
 それと同じで、心の底からやってみたいことがあれば、やって
みればいいし、周囲に引き止められても押し切るくらいでない
とダメだ。

 人がやっていないことをやったり、人が言わないことをあえて
 言ったりすると、それを面白くない人は必ずでてくる。
 でも気にすることはない。

 他人の反応なんて気にしない。“自分がどう言われるか”、
 “どう思われるか”ではなく、“それによって何が変わるのか”と
 いうこと。

 価値のあること、信念をもてるなら、人の目は気にせず、
 ぐいぐい前に進んだほうが面白い。自由に生きたいなら、
 常にそんな心構えでいてほしいと思う。

2)コントロールできるのは自分だけ
 誰だって、いじめられたり、馬鹿にされたりすれば、悲観的に
 なる。人の本心はわからないし、人をコントロールすることも
 できない。けれども自分の心はいかようにもコントロールできる。

 自分の心次第で同じ状況も見え方が違ってくる。「人が裏切る
 のは当たり前。でも、人は信じる」。つまり「期待はしないけれ
 ども、信じて、いい結果が得られたらラッキー」、それくらいに思うこと。

 裏切られれば、当然腹は立つけれど、そういうときは楽しいことを
 やってストレスを発散したり、別のことに集中したりして忘れるよう
 にする。

 「諸行無常(しょぎょうむじょう)」、“世の移り変わりに身を任せ、
 流れに逆らわないという姿勢をいつも意識する。

3)無視されるくらいなら嫌われよう
 僕は嫌われるのが怖くない。生身の人間だから、いわれのない批判
 や中傷はむかつくし、できるだけ受けたくないが、もう何とも思わない。

 「はいはい、またね」という感じで受け流すようにしている。嫌われる
 より怖いことがある。それは無視されることだ。ただただ反応がない。
 こんな状況になったら、僕の力はなくなったということだろう。
 だから言いたい。

 「無視されるぐらいなら嫌われよう」と。

 自分が正しいと、人のためになると思って行動していれば、必ず自分の
 ことを好きになってくれる人、理解してくれる人が出てくるはずだ。

 誰だって、皆から好かれたい。でも「9割の人に嫌われても、1割の
 人から好かれればそれでいい」と思う。

 最終的に、少数の信頼できる仲間ができれば、それで人生はうまく
 回っていくはずだ。

 一番ダメなのが、全員に「好きでも嫌いでもない」と思われることだと
 思う。

 「成功は逆境から始まる」。このメンタルでいれば、怖いものはない
 はずだ。

4)考えても意味がないことは考えない
 「不安なこと」を考えないようにする技術がある。それは、常に忙しく
 することだ。

 小学校1年生の秋。あれは肌寒い日だったと思う。その日、僕は
 学校からの帰り道で、ひとりあれこれと考え事をしていた。

 すると何の前触れもなく、「僕はいつか死ぬんだ!」という猛烈な
 恐怖に襲われ、パニック状態になってうずくまった。目を閉じると、
 目の前が真っ暗になり、「死」のイメージを増幅させた。
 
 死なない方法を考えてみたが、何ひとつ思い浮かばない。死を
 防ぐ方法などない。無理やり、目を開け、心臓がドキドキと脈打つ中、
 遠くの山を眺めながら、一生懸命に他のことを考えた。

 その後も、たびたび死の恐怖はやってきた。ひどいときは、頭を
 抱えて10分以上も唸るようなことがあった。死なない方法を
 自分なりに調べてみたが「寿命を延ばせても、死を避けることは
 できない」ということがわかってきた。

 だが、大人になってから、死の恐怖を逃れることはできるという
 ことがわかった。会社を立ち上げて、忙しく働いていたとき、
 ふと、2年ぐらい死の恐怖に襲われていないことに気づいたのだ。

 死を恐れるのは、死について考えるからだ。考えなければ恐れる
 こともない。

 他人の行動をコントロールできる人なんていない。ビジネスでアイ
 デアがうまくいくかなんて誰にもわからない。天災や景気を言い
 当てられる人もいない。1秒先の未来だって、誰にもわからない。

 だとしたら・・・・・。
 自分が「正しい」と信じることを、やるしかない。
 自分が「必要だ」と感じるものを手に入れるしかない。
 自分が「後悔しない」と言える好きな道を行くしかない。
 自分が「こうだ!」と決めたことを、続けていくしかない。
 
 もちろんその結果、失敗するかもしれない。もしかすると、誰かに
 裏切られるかもしれない。でもそれは、自分の責任だし、失敗し
 たってそのとき反省して、また自分を信じて真剣にやるだけ。

5)無心になって没頭できるものは何か?
 アマゾンのジェフ・ベゾスは皿洗いについて「私がすることのなか
 で最もセクシーなことだと、確信している」と語っている。
 
 マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツも毎晩、夕食後に皿を洗う。
 他の人が代わりにしたいと申し出ても、ゲイツは自分の皿洗いの
 やり方が好きだと言って断るそうだ。
 
 フェイスブックのマーク・ザッカーバーグは、毎晩、ユダヤ教に
 伝わる祈りの歌を歌って、娘を寝かしつけることを日課にしている。

 人は無心になると、精神的な満足度が高まり。やっていることは
 単純でも得られるものが多い。
 
 無心になれるものをいくつか見つけておくだけで、人生は楽しくなる。

最後に
【コンプレックスをさらけ出せ!】
 変につっぱらずに自分の弱みを見せることで、コミュニケーションが
 うまくいったり、仲良くなったり、関係が近づいたりとメリットも多い。

【プライドを捨てよ!】
 人に相談したり、お願いしたりするのが一番。“どう思われるか”、
 “恥ずかしい”などと気にするのは時間の無駄。
 どんなにテクノロジーが進化しても、ひとりで何でもできるわけでは
 ない。できなくて当たり前。自信をもって“できないことはできない”と
 言えば、誰もラクに生きられる。

【感謝も本音で!】
 「ありがとう!」と言って、気分を害する人はいないし、損することも
 ない。だったら、いつでも誰にでも「ありがとう!」で通してみよう。
 自分の周りからどんどん敵がいなくなるはずだ。

いかがだったでしょうか。人にどう思われるかということに意識しすぎて
いませんか。参考にしていただければと思います。

最後まで、お読みいただき、ありがとうございます。


般若心経を一言(いちごん)一句(いっく)に区切ったら、どのような感じになるか、
整理してみました。お経を唱えるだけで、ご利益はありますので、あまり深く,
考えなくてもいいかと思います。

【般若心経の訳】
○かんじざいぼさつ
観自在菩薩 → 観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)が

○ぎょうじんはんにゃはらみったじ
行深般若波羅蜜多時 → 深遠な知恵を完成するための実践を
されている時、

○しょうけんごうんかいくう
照見五蘊皆空 → 人間の心身を構成している五つの要素が
         いずれも本質的なものではないと見極めて、

○どいっさいくやく
度一切苦厄 → すべての苦しみを取り除かれたのである。

○しゃりし
舎利子 → そして、舎利子に向かい、*舎利子:釈迦の弟子の一人

○しきふいくう
色不異空 → 形あるものは実体がないことと同じことであり、

○くうふいしき
空不異色 → 実体がないからこそ一時的な形あるものとして
存在するものである。
○しきそくぜくう
色即是空 → したがって、形あるものはそのままで実体なき
       ものであり、

○くうそくぜしき
空即是色 → 実体がないことが、そのまま形あるものとなって
       いるのだ。

○じゅそうぎょうしき
受想行識 → 残りの、心の四つの働きの場合も、

○やくぶにょぜ
亦復如是 → まったく同じことなのである。

○しゃりし
舎利子 → 舎利子よ、

○ぜしょほうくうそう
是諸法空想 → この世の中のあらゆる存在や現象には、実体が
ないという性質があるから、

○ふしょうふめつ
不生不滅 → もともと、生じたということもなく、滅したという
        こともなく、

○ふくふじょう
不垢不浄 → よごれたものでもなく、浄(きよ)らかなものでもなく、

○ふぞうふげん
不増不減 → 増えることもなく、減ることもないのである。

○ぜこくうちゅうむしき
是故空中無色 → したがって、実体がないということの中には、形あるものはなく、

○むじゅそうぎょうしき
無受想行識 → 感覚も念想(おもい)も意志も知識もないし、

○むげんにびぜつしんに
無限耳鼻舌身意 → 眼・耳・鼻・舌・身体・心といった感覚器官もないし、

○むしきしょうこうみそくほう
無色声香味触法 → 形・音・香・味・触覚・心の対象といった
それぞれの器官に対する対象もないし、


○むげんかいないしむいしきかい
無限界乃至無意識界 → それらを受けとめる、眼識から意識までのあらゆる分野もないのである。

○むむみょう
無無明 → さらに、悟りに対する無知もないし、

○やくむむみょうじん
亦無無明尽 → 無知がなくなることもない。
○ないしむろうし
乃至無老死 → ということからはじまって、ついには老と死も
なく、
○やくむろうしじん
亦無老死尽 → 老と死がなくなることもないことになる。

○むくしゅうめつどう
無苦集滅道 → 苦しみも、その原因も、それをなくすことも、
そしてその方法もない。

○むちやくむとく
無知亦無得 → 知ることもなければ、得ることもない。

○いむしょとくこ
以無所得故 → かくて、得ることもないのだから、

○ぼだいさった
菩提薩垂 → 悟りを求めている者は、

○えはんにゃはらみった
依般若波羅蜜多 → 知恵の完成に住(じゅう)する。

○こしんむけいげ
故心無圭礙 → かくて心には何のさまたげもなく、

むけいげこむうくふ
無圭礙故無有恐怖 → さまたげがないから恐れがなく、

○おんりいっさいてんどうむそう
遠離一切転倒夢想 → あらゆる誤った考え方から遠く離れているので、
○くきょうねはん
究境涅槃 → 永遠にしずかな境地に安住しているのである。

○さんぜしょぶつ
三世諸仏 → 過去・現在・未来にわたる”正しく目覚めたもの
       たち”は、

○えはんにゃはらみつたこ
依般若波羅蜜多故 → 知恵を完成することによっているので、

○とくあのくたらさんみゃくさんぼだい
得阿耨多羅三藐三菩提 → この上なき悟りを得るのである。

○こち
故知 → したがって次のように知るがよい。

○はんにゃはらみった
般若波羅蜜多 → 知恵の完成こそが、

○ぜだいじんしゅ
是大神呪 → 偉大な真言であり、

○ぜだいみょうしゅ
是大明呪 → 悟りのための真言であり、

○ぜむじょうしゅ
是無上呪 → この上なき真言であり、

○ぜむとうどうしゅ
是無等等呪 → 比較するものがない真言なのである。

○のうじょいっさいく
能除一切苦 → これこそが、あらゆる苦しみを除き、

○しんじつふこ
真実不虚 → 真実そのものであって虚妄ではないのである、と。

○こせつはんにゃはらみつたしゅ
故説般若波羅蜜多呪 → そこで最後に、知恵の完成の真言を述べよう。

○そくせつしゅわつ
即説呪曰 → すなわち次のような真言である。

○ぎゃていぎゃていはらぎゃてい
羯帝羯帝波羅羯帝 → 往き(ゆき)往きて、彼岸に往き、

○はらそうぎゃてい
波羅僧羯帝 → 完全に彼岸に到達した者こそ、

○ぼうじ
菩提 → 悟りそのものである。

○そわか
僧莎訶 → めでたし。

○はんにゃしんぎょう
般若心経 → 知恵の完成についてのもっとも肝要なものを
説ける経典。

以前の冊子に記載しましたが、例えば、重病であと1週間もたないと言われていた
人が、お経から心の支えをもらいながら、1年後の娘の結婚式まで永らえ、晴れ
姿を目にした数日後に亡くなった。

ここに、人智では説明できない、お経の不思議な力を、感じとるとすれば、それは
その人にとって、神秘の力が間違いなく存在しているということです。

摩訶不思議(まかふしぎ)な呪文としての『般若心経』に、満ちあふれているエネル
ギーの源泉は、この神秘の力です。

般若心経は、生きるための智慧(ちえ)のです。

このお経を信じれば、一切の心配を除いてくれて、最高の智慧(ちえ)が得られ、
魔除けにもなり、無上の悟りに至ることができる……。

1500年前の作者たちも“この世の万能薬”たることをめざして『般若心経』を書き
上げたのでしょう。

本当にすばらしい教えではないでしょうか。
この冊子は、シンプルでとてもわかりやすく、私自身、尊敬し
ております「斎藤一人」さんの“おもしろすぎる成功法則”か
ら抜粋、および編集しております。

1)美化の法則
「よーし、今日も一日、美化していきよう!」

 美化というのは、部屋をせっせと掃除することではありま
せん。気持ちのことなのです。

 「自分に起きたことを、そのまま受け止めずに、ほんの
ちょっと良く上乗せして受け止めること」

 これが、「美化」なのです。

 たとえば、会社で仕事をしているときに、ちょっとした
  ことでガミガミ言う上司がいるとしたら、こう思うのです。

「あの人は、私をビシビシ鍛(きた)えて、最強のサラー
リーマンにしてくださっているのだ。ああ、ありがたい
なぁー!」

仕事が終わって、疲れて家に帰ったとき、奥さんが「待っ
てました」とばかりに、あなたの「キョーミの持てない話」
を、まくしたててくることがあるでしょう。

「うちの猫にノミがいっぱいいる」とか、「韓流アイドルが
どうした」とか、「ブランドの新作のバックがどうした」
とか・・・。それでもあなたは奥さんの話しを、笑顔のま
までじっと聞きながら、こう思えばいいのです。

「奥さんは、私に、どんなジャンルの話でも、じっと耳を
傾(かたむ)ける“修行の機会”を与えてくれているん
だね。

これで仕事のクレームが来ても“仏の顔”で話しを聞くこ
とができる。ああ、ありがたいなぁ!」

とにかく、そのまま受け止めないことです。これが”美化”
のコツなんですね。

なぜ、私がわざわざ、こんなことをしているかというと・
・・・、これには深い理由があるんです。

私たちが、この世に生まれてきたのには、理由があります。

それは、「この世界で魂のステージを上げて、もっとステ
キになって、あの世へ帰ること」。そういう約束を、生ま
れる前に、神さまとしてきているんだよね。

あなたが「もっと、ステキになるため」には、物事をその
まま受け止めていたらダメなんです。

そのまま受け止めていたのでは、「普通の人」。

「普通の人」のままでは、神さまとの約束は果たしたこと
にならないからね。

「ステキな人」とは、「どんな状況を与えられても、なん
でも“美化”することができる人」。

だから、「美化」とは、「ステキな人」になるための訓練
なんですよ。

さて、いまこの話しを読んでいる人の中で、「一生懸命、
相手を美化していると、ひょっとして、相手が変わって
くれるのかしら?」と思った人がいるかもしれません。

そんな期待を裏切るようでゴメンなさいなんですが(笑)、
正直に言って、美化したところで、相手は何も変わりません。

美化していると、心の中に「ステキな波動」が広がって、
サイダーを飲んだときみたいに、スカッとさわやかになっ
ていくのです。

美化していれば、相手のことを悪く思わないで済むし、
自分も楽しい。美化している自分は、なんだかとても「い
い人」に思えて、自分のことをますます好きになるんです。

そして、美化には、さらに「いいこと」があります。どん
なことが起きても「美化しよう」としているあなたは、
まわりの人からすると、「すっごくステキな人」に見え
るんだよね。

「こんなに大変な状況なのに、相手のことを悪く言わない
なんて、ホントにえらいわよね」とか。

「あんな難しい人のそばにいるのに、相手のいいところだ
け見ようとするなんて、すごいわね」とか。

そんなふうにまわりの人は、あなたのことを「すごい人ね」
とか、「ステキな人ね!」と思って、応援するようになる
んです。

だって、そうでしょう。

「ホントの事なんだから、悪口を言って、何が悪いの?」と
悪口をダラダラと垂れながしている人がいるけれど・・・。
悪口って、「聞かされている人」もツラいんですよ。

それよりも、自分に起きたことを、少しでも良く受け止め
ようとしている人。そして、一生懸命「美化しよう!」と
している人。

そういう人がそばにいると、なんか心強いし、その人から
「光」が伝染してきて、自分の気持ちも明るくなる。

だから、そういう人って、たまらなく魅力的なんだよね。

そういう人を、人は応援したいと思うんだよね。あなたは
「美化委員長」になりましょう。

率先(そっせん)して「美化活動」をやってみてください。
あなたの人気は、「うなぎのぼり」に上がっていくでしょう。

2)おもしろすぎる不安症対策
先日、ある人から相談を受けたんです。

その人は、「私はもう何年も、集団で誰かにつけられている
んです」って言うんです。

「どんなふうにつけられているの?」って聞いてみたら、
その人は、「私の後ろにいる車のナンバーが“ゾロメ”
(22-22とか、33-33のように同じ数字が並んで
いる)だと、私の後ろをつけてきているってことなんです」。

そう言うんだよ(相談している本人はそう信じているんです)。

それから、誰かが耳元で「死ね!」と言ってきたり、家に
盗聴器を仕掛(しかけ)けられていることもあるんだって。

それで、証拠をおさえようとすると、相手はパッとうまく
逃げちゃって、警察にも相談に行ったけど相手にしてもら
えなかったらしいんだよね。

だから、その人は、「私は、いつか殺されるかもしれない・
・・」と思うと、不安で不安で夜も眠れないそうなんだよね。

まわりの人に相談しても、「それって幻想(げんそう)じゃ
ない?」とか、「あなたの考え過ぎじゃないの?」とかって
言われちゃうらしいんだよね。

だから、その人に、最初にこう言ったんです。

「あなたがつけられているって思うんなら、そうなんだよね」
そして、こう言ったんです。

「オレは、”人相見(にんそうみ)”だからわかるけど、
あなたの顔には『死相(しそう)』とか、そういうものは
出ていないよ。だから安心しな」

そしたら、その人は、ちょっとホッとしたような顔になった
けど、まだ不安そうに、「でも、こういうこともあったん
です・・・・」「ああいうこともあったんです。・・・・」
って言うんだよ。だから、ひとりさんはこうも言ったんです。

「もし、まだ気になるんなら、こう思えばいいよ。『ずっと
私をつけてくるなんて、よっぽど私のことがすきなんだね。
この人、私のファンなんだ!』ってね」(笑)

中村天風(なかむら・てんぷう)さんの教えで、こんな話が
あるんです。

ある財閥(ざいばつ)の息子さんがいて、その人が外出する
ときに、どこに行くにも女中(じょちゅう)さんがついて
くるんだって。

それで、その息子さんが天風さんに、「どこに行くにも、
女中が金魚のフンみたいにゾロゾロついてくるんで、イヤな
んです」って言ったらしいんだよね。

そしたら、天風さんはなんて言ったと思う?

「金魚は、ウンコをつけても、気にしてないよ」って(笑)。
さすが天風さんですね。

あのね、こういうことって、「宿命」だと思えばいいです。

財閥みたいなところに生まれちゃったら、女中がいつもつい
てきたとしても、そういう「さだめ」なんだよな。だから、
気にしなきゃいいの。

それと同じように、何もしていないのに、誰かがいつもつい
てくるんだとしたら、その人は、「つけられるようなさだめ」
なんです。

「いっぱい人がついてくるなんて、ワタシって、そうとう
人気があるんだな」って思っていればいい。

心って、思いようなんです。「不安症」の人は、何があって
も悪く考えるクセが抜けないけれど、悪く考えていたほうが、
エネルギーを使わなくてラクなんだよね。

「何があってもよく考える」っていうのは、実はものすごい
エネルギーがいるんだよ。

「心配」っていうのは、あとからあとから、湧くように出て
くるもの。

だけど「安心」だけは、ものすごい努力をしないと得られ
ないんだよね。だから、「不安」を「安心」に変えられる
ように、いろいろ考えて、工夫して、自分の心を常に「明る
い方向」に向けていなきゃいけない。

これはある意味、「戦い」と一緒だよ。戦って、戦って、
戦って・・・・、それで「不安」に打ち勝てたとしたら、
これってすごいことなの。

「不安症を克服できた」ということで、同じような症状を
もっている人の「希望の光」になれるよね。

今度は自分と同じように苦しんでいる「不安症の人」を助け
る側にまわれるんです。勇気ってね、出せば出すほど出るの。

よく「知恵と勇気が必要だ」って言うけれど、「勇気のない
知恵」はいくらあっても、なんの役にも立ちません。
頭の中で、知恵だけが空回りしていても、行動ができないん
だから、現実は何も変わらないんだよね。

「勇気って、どうやって出るんですか?」って、「出しグセ」
をつければいいんだよ。

勇気ってね、少しだけでも出るようになると、また少し出る
ようになるの。それで、「出しグセ」がつくと、いくらでも
出るんだよ。「出しグセ」がつけば、もうしめたもの。

おもしろく生きるには、これしかないんだよ。

すべては、思いなのです。常に意識して美化し、不安をとり
除いていきましょう。”難しい”ではなく、”簡単簡単”と言い
ながら、やっていきましょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ほとんどの方、そして私も同じです。人はほっておくと、過去の経験を
はじめ、インターネット、新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどのマスメディ
アによって、未来のことについて不安や心配、そして恐怖を考えてしま
います。

病気についても同じく、ついつい治ることよりも、悪くなったらどうし
ようと考えているのです。

気功療法でいくら気を送っても、病気や症状が改善されない方がいます。
気よりも、その方の心の状況(不安や恐怖)のほうが強く、潜在意識に
トラウマとして入っているからです。

したがって、日常でも気功療法でも、不安や恐怖などの心の状況と潜在
意識上の自己否定のトラウマを、“なし”にしていく必要があるのです。

まずは、“ありがとう”をはじめ、日常つかう言葉をプラスに変えていた
だいておりますが、気功療法に来られている方からいただきました“人は
生まれなおせる(あまちゆうとさん)”の著書に、“なるほど、すごい”
というところがありましたので、ご紹介いたします。

ぜひ、参考にしてください。なお、私の方で一部編集しておりますが、
あらかじめご了承ください。

1.“脳”天気でいる
会うたびに若くなっているような人もいれば、老け込むのが早く、年齢
よりも年老いて見える人がいます。
この違いは、いったいどこからくるのでしょうか。いつも若々しい人は、
いつも何かしら感動しているということです。

逆に感動がなく、何があっても何を見ても「当たり前」に思い、気に入ら
ないとグチをこぼすような人は、老け込むのが早いようです。

小さなことに感動できる人は、“体験”という宇宙のギフトをあまさず
味わい尽くしているのでしょう。

そういう人こそ、ほんとうに幸せな人だと思います。この幸せな人たちは、
人間が天によって生かされていることを知っています。だから「脳」が
天の気で満たされ、“脳”天気に生きることができるのです。

頭に情報をつめ込み、何でも頭で考えてばかりいる人は、頭に霧や暗雲
(あんうん)が立ち込めます。

いっぽう、“脳”天気な人は、いつも頭が快晴状態だから、生きることが
楽しくなります。気分が爽やかなので、ささいなことが嬉しく、小さな
ことに感動できるのです。

思うに、昔話で語り継がれている一休さんも、かなり“脳”天気な方だっ
たのではないでしょうか。一休さんは亡くなる直前に弟子に遺言を書き、
「ほんとうに困り果ててどうしようもなくなったとき、これを見なさい」
と手渡して臨終したそうです。

その後、弟子が実際に困り果ててどうしようもなくなったとき、このこと
を思い出して遺言を開けると、そこにはこう書かれていたといいます。
「心配するな、なんとかなる」“脳天気になる”です。

2.何とかなると信じていれば、現実は何とでもなる
”脳”天気に生きるとは、手を抜かず、気を抜かず、力は抜いて、真心
込めて日常生活を送ることであり、それ自体が自分にも周囲にも癒しを
与えます。

人間は、何歳になったからどう、ということはありません。いくつになっ
ても、生きるということは同じです。肉体が老(お)いを迎えても、いの
ちが老いることはないのです。

天にまかせる

私たちは、こうしている今も、「この瞬間」を生きています。しかし、
意識はなかなか、「この瞬間」にとどまっていません。

気がつくと、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、想像の世界を飛び
回っています。

不思議なことに、人は「今ここにあるもの」よりも、「今ここにないもの」
を見たり、考えたりするクセがあります。

「今ここにないもの」ばかり追い求め、「今ここにあるもの」は「当たり
前の風景」として見過ごし、ありがたく感じたり、愛(いと)しく思ったり
することがほとんどありません。

また、人が未来という想像の世界に意識を向けるとき、「○○になるといい
なあ」「明日はきっと大丈夫だ」という希望的観測よりも、「○○になったら
どうしよう」「○○になると困るから△△をしなきゃ」という否定的観測を
抱(いだ)くことのほうが多いものです。

私たちは未来に意識を向けると、その途端(とたん)に、不安や心配に
襲(おそ)われます。そして、まだ起こっていないことに備えたくなるの
です。

貯金や保険にしても、楽しみや喜びのためではなく、不安や心配のために
励(はげ)んでいる人のほうがずっと多いでしょう。そして、皮肉なことに
人は備えれば備えるほど、未来に対する不安や心配を深めていくことに
なります。

なぜなら、「認めたものが現れる」、これが宇宙の法則だからです。
「動機」は、とても大事なポイントです。

不安や心配、つまり恐怖から行動するとき、その行動は動機である恐怖を
ますます強めていくことになります。

だから安心して生きたいなら、もっと宇宙を信頼して、自他を信頼して、
いのちを信頼して、その信頼から行動していくことです。

その信頼をもって、自分のほんとうにやりたいことを、自分がやるべきだと
思うことを、ただ精一杯「やる」ことです。

その結果、仮に失敗することになったとしても、その経験は必ずその人の
糧(かて)となり、人生に役立つことになります。

そういう意味では、人生に「失敗」なんてあり得ません。すべての失敗は
「未熟な成功」であり、最終的には、何があっても大丈夫なのです。

また人は、何であれ失うことを恐れるものですが、ほんとうの意味で、
人が何かを失うことは決してありません。

なぜなら、人はもともと何も所有していないからです。私たちは無一文で
生まれてきて、寿命が尽きると、何も持たずに向こう側に旅立ちます。

私たちはみんな当たり前のような顔をして生きていますが、このいのちさえ、
自分で得ようとして得たものではありません。自分で維持しようとして
維持しているものでもありません。

こうしている今、心臓を動かしているのは自分ではないのですから。

すべては一時、貸し与えられているものであり、私たちは「いのち」に
生かされている

ところが、人は何かを所有しているつもり、自分で心臓を動かして生きて
いるつもりになって、本来コントロールできないことまで、コントロール
しようとしています。

そんなふうに土台無理(どだいむり)なことをやろうとしているから、
人生が恐怖と怒りに支配されてしまうのです。

それを認めて、自分にできることだけ精一杯やり、後のことはすべて天に
まかせて生きることです。

取り越し苦労をしない

人は、計画を立てると妙(みょう)に安心してしまうところがあります。
これは逆にいうと、無計画だと不安になる、ということです。

未来のことを思うと不安を感じるから、実際に起こってもいない“何か”
に備えて、準備をはじめたくなるのです。

しかし、「○○になったら困るから、△△しておこう」という態度は、
往々にして、その○○を引き寄せ、現実化してしまうことになるものです。

財布やカギをなくして、散々(さんざん)探したのに見つからず、後に
なって忘れたころにポンと見つかるのが多いのは、なぜだと思いますか?

これは、人が失くしたものを探すときに、「ないない」といいながら
探しているせいです。「ないない」と思うと、すぐそこにあっても見え
なくなってしまう。

ないと思えばない。こうだと思い込んだらそうなる---。

人間の意識には、それだけの力があるのです。だから取り越し苦労をすると、
苦労ばかりが現実化してしまうことになります。

そして、心配や苦労に足をとられて、いつまでたっても行動することに
集中できません。

それに「成功するだろうか?失敗するだろうか?」と考えても、実際は
未来のことなんで、やってみなければ誰にもわかりません。逆にいえば、
やってみれば結果はおのずと明らかになるのです。

成功や失敗という言葉にしても、他人が見た、社会から見た結果に対する
評価でしかありません。しかし、魂が求めているのは、そのような評価
ではなく、自分が行動した結果に対する、自分自身の“手応え”なのです。

あれこれ考えず、集中して、ただ「やる」。全力投球する。

脳天気で、いつもニコニコ暮らす。

皆さん、あれこれと心配するより、脳天気で暮らしましょう。そのほうが
気が楽ですし、運勢も良い結果のほうへと導かれます。

最後まで、お読みいただきありがとうございます。