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健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
大手鉄鋼会社のコンピュータ部門に入社し、大型コンピュータ関係の仕事
を約30年間おこなっております。

子供の頃からの不思議な体験にはじまり、中学校3年生のときに出会った
お師匠さん(故 奥家末子 60歳過ぎのおばあちゃん)の神秘的な力に
魅了され、現在の気の世界に導かれております。

お師匠さんは、私の通っていた高校で、草引きをしながら生計を立ててお
りましたが、とにかく明るく元気で、声も大きくて、いつもニコニコして
いました。戦争で、夫と長男を亡くし、市営住宅に一人で住んでおりました。

一変、夜中は、私の田舎、大分県中津市にあります八面山(はちめんざん)
まで一人で歩いていき、滝にうたれるという修行を積んでおりました。
片道10km以上ある道のない山道を歩いていくのです。冬でもです。

お師匠さんは、今で言う潜在意識といいますか、気の世界といいますか、
授かったパワーの経緯は、長くなりますので省略しますが、本当に不思議
なパワーをもち、悩みごとであれ、病気であれ、どんどん解決していくの
です。毎晩、ひっきりなしに多くの方が助けを求めて来られていました。

私は、小さい頃からの不思議な体験から、このような力の存在を感じて
いましたので、毎週、お師匠さんの家に通い続けました。授かったパワー
の引き出し方や人としての生き方をすべて教わりました。

私が兵庫県に就職するまで通い続けました。就職して、間もなくお師匠さ
んは、大阪の娘さんのところに住むことになり、またまた会うことができ
ました。会うと、食べきれないほど、ご馳走を用意していただき、帰りに
は、大きな袋いっぱい果物を入れたお土産、そしてティシュにお金を包み
渡してくれるのです。

私のことを、いつも”しんちゃん”とよんでいただき、太陽みたいに暖か
い微笑で、バス停まで、見送っていただきました。

あるときお袋が私に、曾祖母(そうそぼ)、”ばあちゃんのばあちゃん”
の血を受けついだんやなぁーと。曾祖母(そうそぼ)は、病気や悩んで
いる人を助けていたとのことです。

さらに、お袋が言うのには、祖母(ばあちゃん)は、家庭の事情がある
お師匠さんを小さい頃から、自分の子供のように可愛がっていたとのこと
でした。

たまたま出会ったお師匠さんですが、こんなつながりがあったとは全く知
りませんでした。ただ、お師匠さんは、私のことを知っていたようです。

遺伝子でしょうか。気功法、呼吸法、自己暗示術、右脳トレーニング、気功
整体など、多くの書物・通信教育・セミナーを通じて、自己トレーニングを
おこなってきました。直接、たずねたこともありましたが、とにかく心の
やさしいというか、魂や命の大切さを説く、すばらしい方に出会うことが
できませんでした。

妻からの勧めで、2年間ほど気功教室に通いました。一生懸命さを認めら
れ、先生からは気功の基本や練功十八法の特訓を受けました。とても感謝
しております。しかし私は、子供の頃からの体験を実現したく、すなおに、
気の本質を追求したいとの思いから、気功教室を卒業し、独自の道を歩む
ことにしました。

その後、鶴林寺の住職様にお願いし、いつでも出入りできるように特別の
入館証をつくっていただき、毎週、境内の大木の下でひたすら瞑想を繰り
返しました。ここからが、気の本質を感じる、気のトレーニングのはじま
りでした。

数ヵ月後、自己のトレーニングを兼ねて、鶴林寺公園で、早朝気功をはじ
めることを思い立ちました。ここから、気功に関する本を片っ端から買い
込み、経絡からツボ、そして、医療関係や気功の歴史など、学習しました。

そんななか、テレビで、気を送って動物を眠らせる神沢瑞至先生を目の当
たりにして、こんなすごいことができるのかと。ただ、同じ人間なので、
自分にもできると、神沢瑞至先生の本を購入し、とことん実践してきまし
た。

2008年2月の終わり、兄から父が今晩もたないという連絡が入りまし
た。17時過ぎです。恐怖心で、全身が震えました。私自身、自分の身体
全体から、黒い気がでているのがわかりました。

帰ってから、朝一番で大分に帰るため、新幹線のキップを買いにいく途中、
一瞬、車の前に黒い影が、”ガツーン”、ブレーキ踏み、少し車を前に
動かすと、何かがつぶれました。ネコでした。
さらに気が動転し、妻に運転を代わってもらい、家に帰ってからも、夢か
現実かわからず、どうしようもない時間、酒を飲み続けていました。

長男が、”お父さん”、そのネコには悪いけど、等価交換やで、じいちゃ
んは、今晩、大丈夫やでと。

長男の言うとおり、翌朝、父は何とかもってくれました。新幹線で早々
大分の実家に帰り、すぐに病院へ向かいました。

神沢瑞至先生の本を片手に、父の入院している病室に入りました。
兄夫婦がずっと付き添ってくれていました。意識のない弱々しい父が
いました。親戚の方も来てくれていました。

病院の先生に兄と私が呼ばれ、今晩、もたないとの説明を受けました。肺に
も水がたまり、尿がでなくなり脳にアンモニアがいっているとのこと。血圧、
酸素量、すべてがダメだと。

母もおり、兄もおり、親戚の方もいるなかで、父の頭に気を送り始めまし
た。手をかざすと父はかすかに目を開けたのです。妻も母も兄も、私が何を
しだしたのかといった感じでした。

神沢瑞至先生がここにいれば、もしかしてと。もどかしさを感じながら、
ひたすら気を送り続けました。

食事のため兄夫婦や親戚は家に帰りました、父の病室は、私一人だけ。
窓を開け、頭から全身に、気を送りはじめました。

食事のため、兄と交代したあと、兄から”尿がでだしたし、酸素量もよく
なってきた、血圧も、どんどんよくなってきた...”、突然、電話が入り
ました。

このあと意識が戻り、私と兄で病院に泊まり、二人でビールを飲んで
いたら、親父が俺にもくれと。もう少しガマンしと言いました。

このあとは、次、機会がありましたら、お伝えしますが、不思議なこと
の連続です。

私の気功療法は、ここからが原点です。

訓練ともう一つ、この力の真髄に波長を合わせることができましたら、
だれでも気功療法ができます。

健身練の気功療法は、ここからスタートしました。
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