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健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
3月20日 帯津良一先生講演会「目に青葉 朝の気功に夜の酒」にての質問

録音させていただいた内容を文字におこしてみました。

【私の質問】
今日は、ありがとうございました。私は兵庫県加古川市の国宝鶴林寺で気功を
教えており、また、末期ガンや難病の人を対象に気功療法を独自でやっています。

イギリスで同じように気功で治していると本に書かれていましたが、実際にどの
ような感じでやられているのでしょうか。

私は寝た状態で全身に、とくに頭を中心に気を送って血流をよくして、どんどん
治していくやり方を独自にやっているのですが、イギリスではどのようにやって
いるのでしょうか?と、代替医療は なかなか日本では浸透しないですが、その
辺が今後どのようになっていくのかがわかりましたら教えていただけますで
しょうか?

【帯津先生の回答】
イギリスの気功はスピリチュアル・ヒーリングと言うのですが、これは1970年
代ぐらいから広まっていった。

ハリー・エドワーズという超能力者がいて、この人は本当に能力があった。一般の
人がそれを認めて、この世界が開けてきた。

スピリチャル・ヒーリングっていうのは、やるのは祈りと手かざしで、宇宙の根源
(宇宙のソース)に祈る「パワーを下さいと!」一定の公式がある。

チャクラとか経絡とは言わないが、気を上から入れていく。患者さんを座らしたり、
寝かしたりしてやっている。

習字でいう楷書から、慣れてくると施術者の能力とかで崩していって、崩し文字に
していく。病名や病気によって場所を変えていく。

イギリスの場合は保険がきく。スピリチュアル・ヒーリング協会があって、そこで
1年間勉強をすると、卒業証書をくれる。試験はなし、こういうことは誰でもできる。

それを監督官庁(日本では保険所にあたる)にもって行くとすぐに営業許可書をくれる。

そうすると看板を掲げて営業をしてよい。ところが、その日から効くわけがない、
その日から本当の努力が必要となる。

これで生計が立てていけるかどうか、それは努力次第。だから、非常に謙虚な人が
多い。

協会から行動規範という本をもらう「こういう事はしてはならない」ことが書いてあり、
それに違反をすると協会から除名になる。例えば、診断的言動をしてはいけないと
書いてある。診断は医者にまかせろ。中国の気功師の方はすぐに診断的言動をしてしまう。

やはり、謙虚にやること、もう一つは誇りをもつこと、これは他の国と違う所でもある。

西洋医学は身体(からだ)に対して役立つ、我々は生命(いのち)に対して向き合って
いる。医学会より生命(いのち)のほうが上である。だから誇りをもってやっている。
誇りをもっているが、謙虚さもあわせもっている。良い人格者が多い。日本でも謙虚さ
と誇りを心得たら良い!

代替療法は、私はホリスティック医学ですけど、ホリスティック医学の本当の意味での
方法論をまだもっていませんから、代替療法を大いに使う。それがどういう事かというと
人間まるごとってことは、身体(からだ)・心・生命(いのち)でしょう。

身体(からだ)は西洋医学、心は心理療法、生命(いのち)による代替療法を使う。
これをあわせて一人前にする。

代替療法はエビデンスが乏しいといって、西洋医学サイドからは非難されている。代替
療法がエビデンスが乏しいのは当たり前、なぜかというと代替療法は身体に働きかける
ものもあるけど、心や生命(いのち)に働きかけるものも多い。

心とか生命(いのち)は科学が解明していませんよね、全く。だから西洋医学は心とか
生命(いのち)に行く方法は持っていません。
身体(からだ)でしっかりとエビデンスを持っているわけです。

だけど、代替療法は心とか生命(いのち)に働きかけるから、心や生命(いのち)を
科学が解明していないとなると、そこで働きかける方法がエビデンス、完璧な根拠を
もっている訳がないんですよね。

この前のホメオパシーの問題で、日本学術協会議長の金澤さんが、くだらない事を言った。
代替療法はエビデンスが乏しいからホメオパシーをやらないほうが良いと言った。
エビデンスが乏しいから代替療法なのですよ。エビデンスが揃ったらオーソドックスな
ものに積み替える。

だけと常に生命(いのち)というものは、改善されない限り、科学が進歩するにつれて、
オーソドックスのほうへ移っていくんだけど、それで代替療法が無くなるかというと、
次々と現れるわけですよ、生命(いのち)が改善されない限り、それでいいんですよね。

未知のところを捨てるのではなくて、未知のところをしっかり使っていくってことは
我々生きていくってことは、エビデンスのあるものだけで生きている人っていないです
よね。

やっぱり、気持ちの問題とか直感とか想像力とか予感とか、こういうのが生きていく上で
重要なんですよね。それを病気になった途端にこれは必要ないっていうのは、どっか
ボタンの掛け違えがあると思います。これは自然の流れでいきますから、あんまり心配
しないでやっていけばいいと思います。


私からの質問に対して、すばらしい回答がありました。
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息の仕方により心の構えは決まります。

呼吸一つでタフで動じない精神状態にもなれば、不安定で壊れやすくも
なります。

呼吸を考えるうえで大切なことは、吸うことでなく、吐くことです。

人は、あたふたしている時ほど、失敗や死を恐れるものです。
平静な状態であれば、たとえ自分の財産がすべてなくなったとしても、
何とか生きていけるのではないかという気持ちになります。
不安がないということは、そういうことではないでしょうか。

私自身もなかなかできないのですが、財産に執着する、失敗を恐れると
いうのは、要するに過去によって生かされているということです。

過去の蓄積によって生きていて、その蓄積が脅かされることに恐れを
感じています。過去への執着がますます強くなります。

一方、呼吸によって精神が調えられるというのは、現在そのものを
生きるという状態です。蓄積したものを振り捨てた上にある心の安定と
言えます。

この捨てていく意識、捨てることによって人というのはすっきりし、
エネルギーが満ちてくるということです。

捨てるということは、呼吸においては吐くということ。

吸うことで自分を大きくしていくのではなく、吐いて、吐いて、吐き
出していくことで生まれる安定感を大切にする必要があります。

そのコツは、空けておけばむしろ勝手に入ってくるのだと考えることです。
捨てればスペースができ、そこが自然と満ちてくます。ようするに、吐け
ば自然に入ってきます。

問題なのは、吐けなくなることです。

自分を守ろうとして、今まで得たものを捨てないようにしていると、
息が浅くなってしまいます。吐かなくては何も入ってこないのに、吐き
切れないのです。

今の人のほとんどは、空気が肺の半分にも満たない程度の呼吸でしかない
と言われております。

吐くことを知らないから、あらゆることに執着ばかり強くなります。
自分のなかに受け入れるスペースがありません。

呼吸は、内と外をつなぐ道。吐く息には、少しずつ自分の周りの空気を
自分に属するものへと変えていきます。

心が平静で気持ちのいい状態を維持できるようにするには、呼吸をまっと
うし、吐くことで満ちてくる安定感です。

息を吐くだけで、体のすみずみまで元気になります。

健身練では、これまで、逆複式呼吸(吸うときにおなかをひっこめていく)
を中心におこなってきましたが、さらに丹田に意識する(腹圧をあげる)
呼吸法をプラスしていきます。