健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
言葉の力については、たくさんの書籍のなかで、紹介されておりますが、
祈りの力(効果)については、あまり紹介されていないのではないで
しょうか。

とくに科学的に検証された内容の著書は、少ないかと思います。


私は小さい頃から、なぜか祈ってきました。朝の“お願いのお祈り”に
はじまり、帰宅時、そして寝る前の“感謝のお祈り”と、祈ってきま
した。

弱くて、まったく自信のない自分であったため、いつしか自然に祈って
いました。神様やご先祖様に、すがっていたというのが、正しい表現かも
しれません。

そのお陰で、いつも大きな力に守られ・導かれ、現在の気功(気功療法)
という世界にも、縁をもつことができました。

かれこれ、50年近く祈ってきたのではないかと思います。

11年前からは、早朝気功の際、日光菩薩様(にっこう・ぼさつさま)、
月光菩薩様(がっこう・ぼさつさま)、薬師如来様(やくし・にょらい
さま)へもお祈りができ、つくづく、祈りとの縁を感じます。

祈りについて、日本では未だに(いまだに)怪しいといった感じがあり
ます。それもそのはず、危険な新興宗教も多く、そうなるのも仕方がない
のかもしれません。

正しい祈りの効果については、”生きがいの本質(飯田史彦氏)”の著書
に、科学的検証にもとづく、わかりやすい内容で、書かれています。

私が50年近くやってきた、自称“一人宗教家(ひとり・しゅうきょうか)”
の祈りの根拠が、この著書には書かれています。効果はバツグンです。

皆さんも、ぜひ、ここに書かれていることを、おこなってみてください。

お金は必要ありません。時間もそんなにかかりません。いつでも、どこ
でもできます。大きな力に守られているという安心感も生まれます。

それでは、本の内容に進みます。

元カルフォルニア大学の心臓学の教授であった“ランドルフ・ビルド”は、
サンフランシスコ総合病院で、次の実験を行いました。

まず、心臓治療ユニットに入院した393人の患者を、コンピュータ
を使って、ランダム(無作為)に、二つのグループに振り分けました。

A郡は、「祈ってもらうグループ」(192人)、B郡は、「祈ってもら
わないグループ」(201人)でした。

この振り分けは、臨床実験で用いられる厳密な基準を適用して行われ、
しかも患者本人はもちろんのこと、医師や看護師にも、どの患者がどちら
のグループにいるのかは知らせませんでした。

もしも、本人に知らせてしまったら、「自分は祈ってもらっている」という
喜びが、心の治癒力を引き出して、実験結果に影響を与えてしまうかもしれ
ないためです。

また、医師や看護師に知らせてしまうと、やはり「この患者は祈って
もらっている」という先入観が、治療に何らかの作用を及ぼしてしまう
危険性があるためでした。

次に、「祈ってもらうグループ」に振り分けられた患者たちのために
「祈ってくれる人」たちを、全国のローマ・カトリックとプロテスタント
教会から募集しました。

そして、ひとりの患者に対して5人から7人程度、「祈ってくれる人」を
割り振ったのです。

その「祈ってくれる人」たちには、患者の名前と病状を教え、その人たちの
ために毎日祈ってくれるように依頼しました。

ただし、祈り方については、何の指示も与えず、祈る人それぞれの祈り方
にまかせておきました。

その結果、驚くべきことがわかりました。

祈ってもらった患者たち(A郡)の方が、祈ってもらわなかった(B郡)
に比べて、病気の進行が明らかに遅かったのです。


1.A郡はB郡に比べて、抗生物質を必要とした患者が、五分の一の人数に
  とどまった。(3人:18人)

2.A郡ではB郡に比べて、心臓疾患により、肺気腫になった患者が、三分
  の一の人数にとどまった。(6人:18人)

3.A郡では、喉(ノド)に人工気道を確保する気管挿管(きかんそうかん:
  気管内チューブ挿入)を必要とする患者はいなかったが、B郡では
  12人の患者が必要とした。

この実験によって、「心」が遠くの出来ごとに影響を及ぼすことができると
いうこと。

つまり「祈る」という行為が、何百マイルも離れた心臓治療ユニットにいる
患者の症状の経過に、大きな影響を及ぼすことが明らかになりました。

この実験の方法と結果について、ウィリアム・ノーラン医学博士は、「この
研究は精査に耐えうるものだ。おそらくわれわれ医師は『一日三回祈ること』
と、処方箋(しょほうせん)に書くべきなのだろう。
祈りは効くのである」と述べています。

しかも、同時に、驚くべきことがわかりました。何と、「祈り」が効果を
発揮するにあたって、空間的な距離はまったく障害にならなかったのです。

つまり、病院のすぐそばに祈ってくれる人がいた患者グループも、何百マイ
ル離れたところから祈ってもらった患者グループも、祈りの効果には、差が
ありませんでした。

ラリー・ドッシー医学博士は、この結果を、次のように分析しています。

これは、祈りが、現在科学で理解されているような『エネルギー』ではない
ことを、端的に示しています。

エネルギー、たとえば無線信号や光線は、距離が遠くなるにつれて急速に
減衰(げんすい)します。

もしも、ある種の精神エネルギーが祈りに関与するとしたら、病院のある
サンフランシスコで祈った人たちは、遠いニューヨークやマイアミで祈る
人たちに比べて、良い結果をあげることができたはずです。

距離が近ければ、エネルギーも強いと考えられるからです。しかし、その
ような相関性は発見できなかったのです。

この実験からは、祈るということが、病気を治してしまうほどの効果を
持っているかどうかはわかりません。

また、病気そのものにも意味や価値があり、人生の学びの計画のうえで、
どうしても必要性があって病気になることもあり得ます。

祈ることによって簡単に治ってしまうのでは、かえって病気になった意味が
失われてしまうかもしれません。

しかし、少なくとも、その人のために祈ってあげることにより、その病気
を不必要な悪化から守り、無用の痛みから救ってあげること、つまり
「ほどよい病気の状態」にしてあげることは、実際にできるようなのです。

しかも、距離が祈りの効果を妨げないという事実がわかったことは、私たち
にとって、大きな救いとなります。

なぜなら、私たちは、「いますぐその人のもとに行ってあげたいけれど、
遠すぎて時間がかかる」とか、「そばにいてあげたいけれど、どうしても
できない」といったつらい状況におちいることがあるからです。

とにかく祈ってあげるだけでも、その人の病状が悪化するのを防いだり、
その人の痛みをやわらげてあげたりも、できるというわけです。

そのうえ、祈るという行為は、特別の道具や環境や準備を要しません。
仕事をしながらでも、町を歩きながらでも、祈ることはできるのです。

その人のことを祈りながら眠りにつく、ということさえもできるため、24時
間、どこにいて何をしていても、祈る心を持っていることは可能なのです。

ここからは、私のほうで、本の内容を整理しています。

まず、祈ることは、他人だけでなく、自分自身に対して効果があるのです。

読まれている方の疑問としては、“続けられるのか”、“本当に希望がもて
るのか”、また“祈り方や祈るときの条件”などがあるかと思います。

【つらい時ほど祈る】
ライ麦の種をそれぞれ同数の二つのグループに分け、植木屋さんが使う
軽土(けいど)を満たした浅い容器に入れます。

容器の真ん中に紐(ひも)を張り、A側、B側とに分け、一方の側につい
てのみ祈るのです。

何度実験しても、祈った側の発芽率(はつがりつ)が高いというのです。

さらに、ライ麦の種が悪環境に置かれている場合でも、祈りは有効なの
かどうかについて実験しました。

容器に塩水を加えて、ライ麦の種にストレスを与え、それ以外の条件は、
良好な環境のもとでの実験を、同じ手順で行ってみたのです。

驚くことに、前にも増して、祈られた種子群(しゅしぐん)と祈られて
いなかった種子群との発芽率の差は、さらに開き、祈りは「生体がスト
レスを受けている時」の方が、より効果的であることがわかったのです。

そこで研究者たちは、種子の底にある水に塩を加えていきながら、同じ
実験を繰り返してみました。

塩分の量が増えるにつれて、祈りの効果は増し、発芽率も増していきま
した。

これは、物理的条件が良い時よりも、悪い条件のもとにある時の方が、
祈りの効果は強くなることを示していました。

研究者たちは、実験システムを変えてみました。ライ麦の代わりに大豆を
用い、塩水の代わりに温度や湿度を変えて過酷な環境のもとで試してみた
ところ、やはり同様の結果が得られました。

実験結果から、「祈ってもらう生体が厳しい状況に置かれている時ほど、
祈りの効果は大きい」ということです。

つらければつらいほど、「祈る」ということは効果があるのです。

【祈り方による効果の差】
次に研究者たちは、祈りの「量」は、効果に関係あるのだろうかと考えま
した。

10分間祈るのと、20分間祈るのとでは、その効果は異なるのでしょ
うか。省略しますが、測定結果は、祈りの「量」に比例することがわかり
ました。

したがって、病気の人のために祈るのであれば、時々祈るよりも、いつも
その人のことを心のどこかで意識しながら、寝ても覚めても祈りの念を
送ってあげる方が、効果も大きいのです。

また、「祈る人が祈りの対象を明確にしながら祈るほど、祈りの効果が
高まる」という結果になりました。

言いかえれば、「世の中の病気の方々」に向かって漠然(ばくぜん)と祈る
よりも、ひとりの「父」のために祈る方が効果は大きいということです。

「世の中の病気の方々」に向かって祈るより、「病気のAさん、Bさん、
Cさん、Dさん」をひとりひとり意識しながら祈る方が効果も大きく、
しかも、対象人数が増えても効果は減らないということです。

さらに、研究者たちは、「どのような人が祈るか」によって、祈りの効果
は異なるのかどうかについても、実験しました。

その結果、「祈りの経験の長い人の方が、経験の少ない人より大きな効果を
生む」ということがわかりました。

「祈る人は報われる」のです。

ふだんから、「祈る」という行為をかかさず続けて、自分自身が持つ「祈り
の力」を、より強力にしておくとよいでしょう。

都合の良い時にだけ、祈りを捧げても、あまり効果は期待できません。

「困った時の神頼み」では、だめなのです。

かなり、文章を省略していますが、詳細は「生きがいの本質」のなかに書か
れておりますので、実際に読んでみてください。

ここからは、私の考えですが、こういった根底にあるものは、潜在意識
(さらに大きな超意識)です。

祈るうえで、注意していただきたいことがあります。

それは、これらの祈りによって、“他の人が迷惑する”、“自然の摂理を
乱す”というのは、効果を発揮しないということです。

さらに、すぐに効果を期待せず、すべてを潜在意識にお任せするといった
祈りがいいでしょう。

ただ、今回の祈りをいくらやっても、命を救えない場合もあるかと思い
ます。

年齢に関係なく、人それぞれの寿命は変えられませんが、何らかの効果は
必ず期待できます。

皆さん、ぜひ、おこなってみてください。
祈りの素晴らしさを、きっと、そして改めて実感できます。
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