健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
中村天風(なかむらてんぷう)が影響を受けた、二人の偉人をご紹介いたします。

心の持ち方で、病気も運命も変えることができるということです。

皆様に勇気と希望を与えることができればと思い、作成しました。

最後までお読みください。そして、何か一つでも行動をおこしてみてください。

それでは、本文に入ります。

(中村天風とは)
明治9年東京生まれ。日清(にっしん)、日露(にちろ)戦争で軍事(ぐんじ)探偵
(たんてい)として活躍。
30歳にて、肺(はい)結核(けっかく)を発病、救いを求めて欧米に渡る。

偶然インドで出会ったヨガの大聖人(だいしょうにん)に教えを受け、新天地を
拓く。

帰国後、銀行の頭取(とうどり)をはじめ実業界で活躍。大正8年、43歳の
ときに一切の社会的地位、財産を放棄し、財団法人天風会を創設。 
皇族、大臣、事業化、俳優をはじめ、会員数はのべ100万人。

京セラの創設者であり、JALを3年で建て直した稲森和夫、松下電器を
一代で築いた松下幸之助などは、天風哲学を支持。

昭和43年、92歳で永眠。

(天風哲学の根本的な考え方)
「この世の中は、苦しいものでも悩ましいものでもない。この世は、本質的に
楽しい、嬉しい、そして調和した美しい世界なのである」ということである。

多くの人は、これを信じないどころか思おうともしないで、苦痛と、苦難と、
失望と、煩悶(はんもん)に満たされているのが、この世界であると考えている。

「ああ、幸せだなあ、と思うようなことは、運命的にも健康的にも、一度も
味わったことがない。だからそう簡単に思えない」という人がいるならば、
それは結局、心の態度が変わっていないからで、心の態度を変えないかぎり、
思いたくても思えない。

第一、思おうとする気持ちが出てこないのである。さびついた車は、回そう
として油を注いでも回らない。まず、さびを取ることである。

少し難しいですが、これが天風哲学の根本的な考え方になります。

1)ヨガの大聖人(だいしょうにん)の教え 
  (以下は、“運命を拓(ひら)く 天風瞑想録(めいそうろく)” 中村天風
の書籍の内容で、「ヨガの大聖人と中村天風のやり取りから」)

「いかなる場合にも、常に積極的な心構えを保持して、堂々と人生を活きる」。

腕に自信のある船乗りは、静かな海より、荒波を乗り切る航海の方が、張り合いが
あるという。

天風がインドで、病のためにすっかり体が弱ったときに、ヨガの先生が、
「お前は、世界一の幸せ者だなぁ」と天風の顔を見ながら、しみじみといわれた。

天風は、その時腹が立った。いくら偉いといっても、やはり山の中で一生暮ら
している人だから、人の気分を損じる(そんじる)ということを知らないのだろうか。

いつ死ぬかわからない重い病気を持っている人間に対して、世界一の幸せ者とは
いったいどういう気持ちなんだろう。

冷やかすにもほどがあると思って、「その意味が私にはわかりません」と不満な
顔をすると、「それがわからないかなぁ、お前は、それじゃ不幸だと思ってるのか」。

「そりぁ、私は世界一不幸だと思っています。今まで何も悪いこともしないのに、
こんな病に取りつかれて苦しんでるんですから」。

「おい、よく考えろ、もっと奥を、苦しい病に虐(しいた)げられながらも死な
ずに、生きているじゃないか。その生きているという事実を、なぜ本当に幸せだと
思わないのだ」。

「苦しいとか、情けないとか思えるのも、生きていればこそではないか。生きて
いるのは、造物主(ぞうぶつしゅ)が、まだ殺す意志がないから、守ってくだされて
いるのだ。それを幸せと思わないのか。お前は罰(ばち)当りだ」。

天風は、この言葉に声も出なかった。それまでは知らないこととはいいながら、
自分の蒔いた(まいた)とおりの花を咲かせ、実(み)を実(みの)らせていたの
である。

いわゆる因果(いんが)の律(りつ)をそのまま行っていたのである。

天風は、「何と皮肉(ひにく)な運命だろう。戦地で死ぬならまだしも、こんな
名もないインドの山奥で死ぬのか」と、来る日も来る日も、暗い重い気持ちでいた。

汚れたきたない魂(たましい)に、大きな鉄槌(てっつい)を加えられたような
目覚めがきたのである。

天風は、上で紹介したとおり、92歳まで生きている。考え方を改めたときから、
病が回復してきたのです。

ここまでは、「運命を拓く(中村天風)」になります。

しかし、あるとき、気功療法に来られている方から、ヨガの先生の影響も大きい
が、さらに影響を受けた方がいるというのです。


2)今、死なずにいるのは「丈夫(じょうぶ)な心」のおかげ
  (以下は、“中村天風の生きる手本”の書籍の内容です)

ふと、私はそれから一年半ばかり前に、パリにいたときに、サラ・ベルナールが
読んでごらんなさいと言って渡された、イマヌエル・カント(世界的に有名な
哲学者)の伝記を、思い出すともなく思い出したのであります。

私の心の中の、まさに、もう一人の自分が思い出したのだとしか考えられない。

カントは、因果(いんが)なことに、くるっと背中に、団子(だんご)みたいな瘤
(こぶ)があった。乳(ちち)と乳(ちち)との間は、2インチ半。脈(みゃく)が
しょっちゅう、120、130打って、ゼイゼイ喘息(ぜんそく)でもって、
今にも死にそうな子供だった。

それでも17歳くらいまでは、苦しい苦しいと、のた打ち回って、それでも
死なずに生きていた。今のように医者にもいけない。

あるとき、町の回診(かいしん)で医者が来た。親爺(おやじ)さんもカントの
手を引いてからに、どうせダメだろうと思うけれども、せめてこの苦しさだけ
でも軽くしてやろうと、医者の前に連れて行った。

カントはじっと、医者が何を言うか耳をすましていた。きっとダメだというに
決まっていると思ってね。

覚悟していたら、医者はつくづくと顔を見ながら、「気の毒だな、あなたは。
しかし、気の毒だな、と言うのは、体を見ただけのことだよ。

よく考えてごらん。体はなるほど気の毒だが、苦(くる)しかろう、辛(つら)
かろう、それは医者が診てもわかる。

けれども、あなたは、心はどうでもないだろう。心までも見苦しくて、息が
ドキドキしているなら、これは別だけれども、あなたの心はどうでもない
だろう。

そうして、どうだ、苦しい、辛い、苦しい、辛いと言っていたところで、
このこの苦しい、辛いが治るものじゃないだろう。

ここで、あなたが苦しい、辛いと言えば、おっかさんだっておとっつぁん
だって、やはり、苦しい、辛いわね。言ったって、言わなくたって、何にも
ならない。

ましてや、言えば言うほど、よけい苦しくなるだろう、みんながね。言っ
たって何にもならない。かえって迷惑するのはわかっていることだろ。

同じ辛い、苦しいという口で、心の丈夫なことを、喜びと感謝に考えれば
いいだろう。

体はとにかく、丈夫な心のおかげで、お前は死なずに生きているじゃないか、
死なずに生きているのは、丈夫な心のおかげなんだから、それを喜びと感謝に
変えていったらどうだね。

出来るだろう。そうしてごらん。そうすれば、急に死んじまうことはない。
そして、また苦しい、辛いも、だいぶ軽くなるよ。

私の言ったことはわかったろ。そうしてごらん。一日でも、二日でもな。

わからなければ、お前の不幸だ。それだけが、お前を診察した、私のお前に
与える診断の言葉だ。わかったかい。薬はいりません。お帰り。」

また、遠い道をてくてく歩きながら、親子いっしょに家に帰ってきた。

いろりの前にちょこねんと坐った(すわった)カントは、今、医者に言われ
たことを考えた。

じっと考えているうちに、そうだ、あのお医者の言ったこと、心は患(わずら)
っていない、それを喜びと感謝に振り替えろと言ったけれども、俺はいまま
で、喜んだこともなければ、感謝したことも一遍(いっぺん)もない。

ただ、朝起きると、夢の中でも苦しかった、辛かった、そればかりが俺の
口癖(くちぐせ)だった。冗談(じょうだん)にも嬉しいとか、有難いとか、
言ったことはない。

それを言えと言うんだから、言ってみよう。言ったって損はないから言って
みよう。

親爺(おやじ)が、「もう寝ろ、寝ろ」と言うと、「心の丈夫(じょうぶ)な
ことは、有難(ありが)とうございます」

「何をくだらないことをいっているんだ」

「いま、お医者さんに言われたことを、ここで一生懸命、おさらいをして
いるんです」

寝て起きて、また明日、医者に言われたことを考えるだけで、喜びと感謝
の毎日。

そのうち、三日ばかりたつうちに、いつの間にかカントの頭の中に、こう
いうことがひらめいた。

人間というものは、こういう気持ちでいるだけで、いままでとはいくらか
違ってきた。苦しい、辛いと言わない。こういう気持ちでいると、当分
死なないだろう。

死なないけれども、炉(ろ)ばたで、ただ、それだけを考えているのでは、
死んだのと同じだ。

心は何ともないんだから、心と体とどちらが本当の自分かこれをひとつ
考えてみよう。カントはこんな気持ちになった。

この文章を読んだ、天風は35歳だった。ほんとうに涙が出た。

俺は35歳でアメリカまで行って医学を学んで立派な知識がありながら、
人のためどころか、カントの悟りを開かない前と、今の自分は同じである
と気付いた。

毎日、今日は熱が出やしないか、今日は血を吐きゃしないか、今日は
苦しいの、そればかり考えていた。

なんと17歳の子供が、こんなことを考えたのか。くやしいの、情けない
の、ああ俺はとんでもない馬鹿だ、とそのとき思ったのです。

ただ、有り難い、嬉しいと思うことに努めるだけで、一週間がたち、
二週間がたち、一月たち二月たつにしたがって、ぐんぐん気持ちの中が
洗い清(きよ)められるようになった。

同時に肉体が、どんどん治ってきた。

私のほうで、まとめているところもありますが、ここまでが書籍の内容
になります。

中村天風は、この二人の偉人のお蔭で、会員数は延べ100万人の財団
法人天風会を創設したのです。

今回の冊子で言いたいことは、中村天風というすごい方の原点が、この
二人の偉人であり、どんな病の状況であっても、心が変われば肉体(身体)
が変わるということです。

人生は心一つの置きどころ。人間の心で行う思い方、考え方が、人生の
一切を良くもし、悪くもする、というのが自然の法則です。

まずは、自分自身を含め、目の前の人や物、すべてに「ありがとう」。

そして、生きていることの素晴らしさ、その根底にある潜在意識の
素晴らしさを、改めて感じていただければと思います。

<参考書籍>
 運命を拓く 天風瞑想録 中村天風
 中村天風の生きる手本 宇野千代 中村天風述
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