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健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
私が、中学校のとき、このお経を唱えるきっかけがありました。

ただ、そのときは、亡くなった方へのお経だと思っておりました。
しかし、社会人になってから、改めて本を読み、生きるための智慧
(ちえ)であるということがわかり、驚きました。

毎週水曜日にNHKで放送されています“100de名著”で、
般若心経について、花園大学の佐々木教授が、わかりやすく解説を
してくれました。

プレジデントオンラインでも、佐々木教授の解説が、わかりやすく
記載されていましたので、皆さんにご紹介いたします。

それでは、さっそくですが、内容に入っていきます。
ここからが、プレジデントオンラインで紹介された内容です。

最小限の言葉だからこそもつ音の秘密――。マントラの響きはわずか
262文字の“呪文経典(じゅもんきょうてん)”の神髄(しんずい)でも
あります。

『般若心経』は、人がものを思考する際の羅針盤(らしんばん)にも
なります。

音読してみて、日常では感じられない世界に入ってみましょう。

【呪文の働きの奥に「神秘」の力がある】
たくさんあるお経の中で『般若心経』は、日本で「もっとも人気の
あるお経」と言えるでしょう。

なぜなら『般若心経』には私たちの心に働きかけてくれるものが
あるからです。

『般若心経』の働きは、一言でいえば「呪文(じゅもん)」です。

そしてその奥にあるのは「神秘(しんぴ)」です。『般若心経』の
262文字の短い言葉には、私たちに神秘の力を実感させる、鍵の働き
があります。

まず、『般若心経』の成り立ちについて簡単に説明しましょう。

『般若心経』は経典ですから、お釈迦様、つまりブッダの教えだと
思っている人は多いでしょう。

「『般若心経』こそが、釈迦の教えのエッセンスである」という言葉
を聞いたことがあるかもしれませんが、それは違います。」

『般若心経』の作者は不明ですが、釈迦の死から、500年以上たって
現れた「大乗仏教(だいじょうぶっきょう)」という新しい宗教
運動を信奉(しんぽう)する人たちの中にいます。

<補足> インターネットより
大乗仏教とは、仏教の二大流派のひとつです。 大乗の乗は、乗ると
いう意味。 小乗仏教に対して、乗り物が大きく、どんな人でも信仰
があれば、救われるという意味があります。 自分より先に衆生
(しゅじょう・命あるものすべて)を救済することを優先し、自分が
救われるかどうかは、仏に任せるという考え方です。

その大乗仏教には、様々な流派があって、そのうちの一派が、釈迦の
教えを部分的に受け継ぎながらも、そこに全く別の解釈を加えて
「般若経(はんにゃきょう)」と呼ばれる一連のお経を作ったのです。
『般若心経』は、その中の一つのダイジェスト版です。

ですから、『般若心経』が述べていることは、必ずしも釈迦の考えで
はありません。

それはむしろ、「釈迦の時代の教えを否定することによって、釈迦を
超えようとしている経典」なのです。

ですから『般若心経』は、観音という「大乗仏教を代表する菩薩様
(ぼさつさま)」が、“舎利子(しゃりし)(お弟子さん)”に対して
教えを説くという構成になっています。

それでは、冒頭で述べた「呪文(じゅもん)」とは、どういうもので
しょうか。それは、特別な力を持った文句です。

“チチンプイプイ”とか“開けゴマ”とか、みんな呪文です。

呪文の「呪(じゅ)」という字は、あまりよいイメージはありませんが、
本来は「不思議な強い力」という意味で、悪意のある字ではありません。

また、呪文が胡散(うさん)臭いと思うのは、「迷信(めいしん)」と
「神秘(しんぴ)」を混同しているからです。

「迷信」とは、目の前に現れている二つの現象の間に誤った因果関係を
想定することで、エセ科学といえます。

一方、「神秘」とは、人智では説明不可能な力を、感じることを指し
ます。

例えば、重病であと1週間もたないと言われていた人が、お経から心の
支えをもらいながら、1年後の娘の結婚式まで永らえ、晴れ姿を目にした
数日後に亡くなった。

ここに、人智では説明できない、お経の不思議な力を、感じとるとすれば、
それはその人にとって、神秘の力が間違いなく存在しているということ
です。

摩訶不思議(まかふしぎ)な呪文としての『般若心経』に、満ちあふ
れているエネルギーの源泉は、この神秘の力です。

この点が、釈迦のオリジナルな仏教である「釈迦の仏教」とのもっとも
大きな違いです。

「釈迦の仏教」の場合、外部世界に神秘の力はなく、この世は隅から
隅まで、論理的因果性で動いています。

両者に共通点がないとは言いませんが、神秘力に関して、立場はまったく
対極です。

【精神的に不思議な跳躍(ちょうやく)をもたらす】
般若経の中でも、最も古い『8千頌(じゅ)般若経』に書かれていること
ですが、般若経を信じる人にとって一番大事なのは、経文を声に出して
読み、書写することです。

『般若心経』はそれを端的な形で表現している経典です。
さらに「羯諦羯諦(ぎゃていぎゃてい) 波羅羯諦(はらぎゃてい)」と
いう最後のくだりこそが、『般若心経』の心臓部、「呪文の本体」と
言っていいでしょう。

『般若心経』を「薬」の「効能書き」と「薬剤」のセットに見たてると、
「羯諦羯諦」の呪文は「薬」で、「効能書き」はそこに至るまでの
部分です。

これは『般若心経』のとても大切な特徴で、このお経を信じれば、
一切の心配を除いてくれて、最高の智慧(ちえ)が得られ、魔除けにも
なり、無上の悟りに至ることができる……。

1500年前の作者たちも“この世の万能薬”たることをめざして
『般若心経』を書き上げたのでしょう。

「ぎゃてい、ぎゃてい」が不思議な響きを持っているのは、原典の
サンスクリットの読みが、そのまま生かされているからです。

音が独特ですから、何か特別な感じがして、まさに「呪文」です。

こういう呪文のことを、真言(マントラ)と言いますが、呪文の効果が
失せぬよう真言は漢文に翻訳する場合、意訳せず、音のままで漢字に
置き換えることが多いのです。

「羯諦羯諦」の部分にはたいした意味はなく、「行った者よ、行った者よ」
と言っている程度です。

意味があろうがなかろうが、とにかくこの文言を1日1回でもいいので
口に出して唱え、文字にして書くことが大切なのです。

それを言葉に出すことで、「今、自分は空の世界というものと触れ合って
いる」といった、日常では感じることのできない世界へ入るための入り口に
いるのです。

「開け、ゴマ」と一緒です。「開け」と「ゴマ」をいくら理解しても
何の意味もないわけで、それを唱えるときに、何かが起こるであろう
という、精神的な不思議な跳躍を我々にもたらしてくれるところに、
重要性があります。

呪文は、それをいつも心に置いておくことで、自分の心が別の世界に行く
ためのジャンピングボード(跳び箱や縄跳びなどでジャンプする板)の
働きをするのです。

では、『般若心経』はいったいどういう世界を、我々に示しているので
しょうか。

「般若心経」の「般若」とは「智慧(ちえ)」を意味する言葉です。

そしてその般若心経で、最も強調されているのは「空」という概念
です。

【「空」の思想が『般若心経』の核】
世の中は、様々に複雑な要因がからみあいながら、常に移り変わって
います。

そして、世の中の変化のすべてを、人間が完全に予測することはできま
せん。

例えば気候変動にしても、宇宙や気象のメカニズムからある程度は
予想できます。しかしこの先の気候の変化を厳密に予想することはでき
ません。

つまり人間は、何がいつどのような形で起きるかを、正確に知ることは
できないのです。

古代インドの大乗仏教徒たちは、この不確かな世の中を、どうとらえる
べきか、様々な考察をめぐらしました。

その中から生まれてきたのが「空」の思想です。

変化し続ける世の中の背後には、複雑すぎるがゆえに、人智が及ばない
何らかの法則があるのです。

その「見えない変化の法則」を、「空」と呼び、私たちは「空」という
法則のもとで生きていると考えました。

それを一番大切な宇宙原理としたのです。

ところで『般若心経』で、まずまっさきに思い浮かべるフレーズは
「色即是空(しきそくぜくう)」ではないでしょうか。

この一言が、『般若心経』の代名詞になっているとも言えるでしょう。

仕事で失敗したとき、病気になったとき、失恋したとき、「この世は
空だ」と心の中でつぶやいてみれば、形だけでも悟った気分になるかも
しれません。

決めのセリフというか、そんな風格に満ちている「色即是空」について
簡単に解説しておきましょう。

実のところは、この部分は前述のように『般若心経』の最大のヤマ場と
いうわけではありません。

しかし、「空」の思想が『般若心経』の核(かく)をなしていることは
確かで、それが、『般若心経』に限らず大乗仏教全般を特徴づける
重要な要素であることも間違いありません。

では「色即是空」の「色」とはなんでしょう。ここの「舎利子」から
始まり「亦復如是(やくぶにょぜ)」までの段は、言っている内容は
とてもシンプルです。

「五蘊(ごうん)」、つまり私たち人間を構成している5つの構成要素は
どれも、空性であり、「実体がない状態」そのものだと言うのです。

「五蘊」とは「われわれ人間はどのようなものからできていて、どの
ようなありかたをしているのか」ということを釈迦が分析し、独自の
思想から5つの要素に分けて把握したものです。

その5つの要素とは、「色(しき)」「受(じゅ)」「想(そう)」
「行(ぎょう)」「識(しき)」の5種類です。

【自信を与える後押し役にもなる】
かいつまんで言うと、「色」とはわれわれを構成しているもののうちの
外側の要素、つまり肉体のことを指します。

残る4つは内面、つまり心の世界に関係する要素です。

「受」は外界からの刺激を感じ取る感受の働き、「想」はいろいろな考え
をあれやこれやと組み上げたり壊したりする構想の働き、「行」は何か
を行おうと考える意思の働き、「識」はあらゆる心的作用のベースとなる、
認識の働きです。

私たち人間は、五蘊(ごうん)の集合体だ、というのが釈迦の教えなの
です。

しかし、『般若心経』ではそれを「実在しない」と言います。

五蘊とは実在の要素ではなく、「実体を持たないという状態」に与えら
れた仮の名称だ、と言うのです。

ここには、釈迦の時代の仏教を否定する、明確な主張が表れています。

『般若心経』は短い経文なので、災難が降りかかっている瞬間でも、
唱えることができるお守りの役目を、してくれると考えられています。

悩んだ末に何かを決断したときには、その決断に自信を与える後押し役に
もなります。

あるいは決断する前に『般若心経』に思いを掛(か)ければ、普通の世界
とは異なるもう一つ高い真理があることを知り、自分の考えが人間の
レベルでの相対的なものでしかないことに、思い至(いた)るのではないで
しょうか。

この世の真理は、自分が正しいと思っているものも含めて、ほかに
たくさんあることを自覚し、自分の考えに対する過信を防ぐ力にも
なります。

いろいろなイノベーションを起こしている人が、禅や般若心経に惹(ひ)
かれて、そういうものの考え方をすることはよくあることです。

<参照・参考> 花園大学文学部教授 佐々木 閑
1956年、福井県生まれ。京都大学工学部および文学部卒業。

文学博士。著書は『出家的人生のすすめ』『NHK「100分de名著」ブックス
般若心経』『「律」に学ぶ生き方の智慧』など多数。

このあとは、般若心経の詳しい説明になりますが、一番大事なのは
経文を声に出して読み、また書いてみるということですので、詳細は
省略させていただきます。

詳細は、佐々木教授の著書である「NHK 100分de名著」に
書かれておりますので、ぜひ購入して、読んでみてください。

心を落ち着けるために、写経をされている方も、ずいぶん増えてきている
のではないでしょうか。また、ご自身、そしてご先祖様のためにも、
声に出して読んでみて(唱えてみて)は、いかがでしょうか。
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