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健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
気功療法に来られている方から、小林正観さんの「神さまの見方は私の味方」
の本を貸していただきました。

気功療法に来られる方のなかには、寂(さみ)しくも20代、30代、40代
で、お亡くなりになられる方もおられます。

小林正観さんや飯田史彦さんの著書から、“人は皆、人間として、命を授けて
もらうとき、長い短いに関係なく、すべて寿命というものを決めてきている”
ということのようです。

自分の身に降りかかってきたとき、どうしようもないほど、辛(つら)くて
悲しいものです。

しかし、皆さん全員、遅かれ早かれ、必ずやってきます。

夫婦、親子、親戚、祖父母、明日またあえる保証はありません。今回の冊子で
は、“あたりまえではない”目の前にいる人をつねに大切にすることの大切さ
を伝えたいと思います。

それでは、本の内容に入ります。一部、私のほうで編集しております。

時々、小学生や中学生、高校生が突発的な事故で亡くなることがあります。

そういう事故が起こるたびに、「なぜ、中学生がプールで溺(おぼ)れ死んだ
か」とか「なぜ、高校生が海で死ななくてはいけないのか」というようなこと
があります。

このように突発的な事故で、昨日まで仲良く笑顔で暮らしていた人が突然に
亡くなることがあります。そういう現象に出会うと皆さんはショックを受ける
ことでしょう。

ショックを受けたことで、「なぜ、あの人は死んじゃったんだろう」「中学生
や高校生をそんなに若くして死なせなくてもいいのに・・・」ということに
関心がいってしまいがちです。

神さまはそういう事件を見せることで、「今、目の前にいる人は、もしかする
と明日会えないかもしれない」ということを教えてくれているのかもしれませ
ん。

つまり、今度会ったときに、楽しい時間を過ごせばいいや、と思うのではなく、
目の前の人は、いつ死んでしまうのかわからない。

だったら、今、目の前にいる人をなぜ最大限に、大事にしておかないのか、と
いうことを神は問いかけているのでしょう。

仮に、今日最大限に大事にした人が、明日死んでしまっても、自分は最大限
この人を大事にしたのだから、もうそれ以上のことはできなかった、と思え
ます。

だから、そのような事件が起こったとき、人間的な感情で悲しんでもいいの
ですが、悲しいだけで終わってはいけないのでしょう。

今度は、自分の親、子供、兄弟、友人、知人に出会ったときに、その人との
関係を最大限大事にしておくこと。明日でいいやと思わないこと。

例えば、おじいちゃんやおばあちゃんが死んだときに、「おばちゃんが、どこ
そこに行きたかったのに、連れて行く暇がなかった」というようなことを思い
出すと、ものすごく涙が溢(あふ)れてきます。

しかし、「あそこに行きたい」と言ったら連れて行って、「ここに行きたい」
と言ったら連れて行って、というように、できる限りのことをして、コミュニ
ケーションをはかっていたら、このおばあちゃんがポコッと死んでも、それ
ほどひどく泣かずに済むでしょう。

だから、亡くなった人を悔(く)やんで悼(いた)んで、それで自分の心を
痛めつけるという方法ではなく、今、目の前にいる人を最大限にすること。

自分でできることを一生懸命やっていくことが大切なのです。

小林正観さんの「神さまの見方は私の味方」より
      
人は自分の存在が「感謝」され「喜ばれる」という幸せを味わってしまうと、
最高の喜びを感じます。

祖父母、両親、妻・夫と歩いているときに荷物を持ってあげるとか、電車や
バスで席を譲(ゆず)るのもいいでしょうが、究極的には、「その人のそば
にいてあげること」ではないでしょうか。

NHKのあしたも晴れ!人生レシピの番組で、シスターの鈴木秀子さんが、
死を目の前にしたある一人の男性に、「吐く息とともに、心配や不安は全部
外に出ていきます。過ぎ去ったことは、全部許されています」と言っており
ました。

すごく優しく、そして最大限の言葉だと、感動いたしました。


それでは、最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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