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健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
新型コロナの感染がどんどん広まってきています。

しかし、元東京大学大学院の救急部・集中治療部の矢作直樹さんは、新型コロ
ナについて次のように述べておられますし、今回の冊子でメインとなる岸見さ
んも以下のように述べておられます。

私の思うところ、新型コロナをきっかけに、仕事の仕方、仕事の場所、家族の
あり方、教育面など、世の中が大きく変わるタイミングが来ているのだと感じ
ております。

まず、矢作直樹さんのコメントです。Facebookからです。

(2020年7月16日)

(矢作直樹のご紹介)

 元東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授
            医学部附属病院救急部・集中治療部部長

『新型コロナだけ特別扱いして過剰反応するのをやめましょう。

我が国では未だ死亡者は985人(去年同日の死亡者86万人の0.12%)
です。

風邪などによる感染性肺炎の死亡者は実に9万5千人(H30)です。

その中には、関連死まで入れると年間1万人が死亡するインフルエンザも含ま
れます(インフルエンザ肺炎死亡3,300人)。

また、毎年減少しているとは言え結核でも年間1,900人が死亡しています。

この死亡者数の違いは、医療機関が今回のコロナでのみ頑張り、他の感染症で
手を抜いた訳ではありません。

このような感染症がまったく取り沙汰されず今回のコロナだけ論う(あげつら
う)のはバランスが悪いです。

生きることはゼロリスクでは有りません。肝(きも)を据え(すえ)て心身を
健やかに逞(たくま)しく生活してまいりましょう。』


ここまでが矢作さんのコメントになります。以下は、岸見さんへのインタビュ
ーです。


コロナを経た新しい時代で生きていくために大切なたった一つのこととは?

【『嫌われる勇気』岸見一郎さん】

2020年8/1(土)YAHOOニュースより。

ベストセラー『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の著者として知られる
岸見一郎先生に、「コロナ禍での生き方を私たちはどう受け止めるか?」を
インタビュー。

これまで、変わる勇気を持つことの大切さ、新しい時代の幸福の価値観に
など、あらためて考え直す必要性を伺いました。

今回は、コロナ禍を経て「これから私たちがとるべき行動」について、熱い
教示をいただきました。


【岸見一郎】
1956年、京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史
専攻)。

著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健と共著、ダイヤモンド社)、
『哲学人生問答17歳の特別教室』『人生は苦である、でも死んではいけない』,
『今ここを生きる勇気』など多数。



1)私たちは自立をしなければならない

――これまでのお話から、私たちはもうコロナ以前に戻ってはいけないんだ、
変わらなければいけない、ということを強く感じました。

そこで今後、私たちが取るべき行動とは、具体的にどのようなものなのでしょう?

岸見一郎先生(以下岸見) : ひと言で言うと、「自立」ですね。

これまで我々は、「何となく皆がやっているから」ということでやっていたこと
が、多くありましたよね。

皆、同じ時間に会社に行っているから満員電車に揺られて行く、皆が参加する
飲み会だから自分も参加する、など。

でも今回、そのようなことは当たり前ではない、と考え始めたわけです。若い人
で言えば、学校だって別に行かなくてもいいのではないか、と思い始めた人もい
るのではないでしょうか。

そう思ったときに、きちんとした政策を作り出してくれる政府であれば任せてお
けばいい。でもどうやら任せてはいけない、と多くの人は気づき始めた気がしま
す。自立していかなければならない、と。

これまで我々は、自立していなかったのです。お上に任せていた。でもそうして
いたら自分たちの命が危ないかもしれない、ということで政治に関心を持ち始め
た人は多いと思います。

――芸能人がツイートするなど、政治については多くの人が意見し始めています
よね。


岸見 : どさくさに紛れて不要不急の法案を通そうとしたり、この機に乗じてお金
もうけをするような人もいたり、絶対におかしいですからね。

ですから我々は、政治に限らず、広い意味で自立していかなければいけない。
誰かに任せず、自分の人生なのだから自分で決めて、歩んでいかなければなら
ないのです。

政府は今、「自粛ではなく自衛を」と言っていますが、それはちょうど、親が子に
「自立は大事だ」と薦めるのと似ています。

ですがそのように親に自立させられるというのは、自立ではなく“他立”なの
です。これは私の造語ですが、「他者によって与えられた自立」という意味です。

子どもは自立させられるものではありませんし、親は子どもを自立させることも
できません。

親ができることがあるとしたら、子どもが自分の判断で自分の人生を生き始める
援助をすることだけなのです。

同じように我々も、政府によって“他立”させられてはいけないのです。



2)親は子どもに同じ過ちを繰り返させてはいけない

――“他立”だと、どのような問題が生まれてくるのでしょうか?

岸見 : 最近は「国民が一丸となって」とか「心を一つにして」という言葉がよく
使われますよね。原発事故の後もそのような言葉がよく聞かれたのですが、その
ような上から秩序を形成する動きに乗っかってはいけません。

なぜなら「一丸」とか「絆」とかいった言葉の下、皆が一つになってどこかへ
向かっていくような世の中というのは非常に危ないからです。

そうではなく、いろいろな人がそれぞれの考えに沿って生きていけるような、
言葉通り本当の意味で多様な社会を築いていかなければならないと思うのです。

――でも同調圧力はいまだに大きいですよね。

たとえば自分はウイルスが怖いから子どもを学校に通わせたくないと思っても、
まわりは行ってるからどうしよう……とか。

でもこれからは、まわりに流されず自分の考えで自分の身を守っていかなければ
ならない、と。

岸見 : そうだと思います。
私は教育者ですし、親御さんにも「学校に行かなくていい」とは一度も言った
ことはありません。

ですが同調圧力に屈して、「皆が行っているから」と学校に行きたがらない子ど
もを行かせるのは、あり得ないことだと思っています。

そういう家庭では、子どものほうが本当の意味で自立しており、自分の判断で
「私は学校へ行かない」と言い出したわけなのです。

つまり、子どものほうが親よりもはるかに進んでいるということ。親はそういう
子どもから学ぶことが必要でしょう。

学校に行かないことが必ずしもいいとは思いませんが、もし子どもが行かない
と言うのであれば、親は限りなく支援しなければいけません。

「いやいや、みんな学校に行っているし、学校に行かないと成功しないだろう」
という価値観を、親自身が捨てていかないといけないのです。

皆が行っているからといって偏差値の高い学校に進学し、有名企業に就職しても、
必ずしも幸福ではありません。親たちはそれを知っているのに、同じ過ちを子ど
もたちに繰り返させようとしているのです。

子どもが気づかないのであれば親が、親が気づかないのであれば子どもが、自分の
人生を歩む。その勇気を持ってほしいと思っています。



3)コロナを機に新たな分断化が生まれている

――そう考えると、このコロナ禍をきっかけに自分の意見を主張しやすくなっ
たところはあるかもしれませんね。

少なくともコロナウイルスに関しては、「私は感染が怖いから行かない」などと
はっきり意思表示できますし……。

岸見 : 一方でコロナは、新しい分断も生んでいます。最近よく「コロナと闘う」
という言葉を聞くでしょう?

でもどんなに注意していても、感染するときはするわけです。なのに感染した人
を非難する人がいる。一人が感染すると、近くにいた人も様々な影響を受けるた
め、回復した後も冷たい視線を投げられたりしています。

コロナウイルスで親族を亡くした人が、「コロナが憎い」と発言されていました。
ですが、病気を憎む、あるいは病気を制圧すべき相手とみなす、というようなこ
とが行われると、やがては病気だけでなく、病気になった人にもスティグマ(汚名)
を着せることになります。

その証拠に、感染した人が幸いにも治癒したとき、周囲に謝罪するでしょう?
本当は謝る必要などないのに。

そういう意味で今、社会が分断化されているのです。感染した人と、自分は感染
しないと固く信じている人との間で……。

――そもそも勝つとか負けるとか、そういう問題ではないですもんね。

岸見 : 勝ち負けではなくて、どうしたら社会が本当の意味で一つになれるかと
いうことを、考えていかなければなりません。たとえばある事情から罪を犯した
人がいたとします。そのとき「罰すればいい」と安易に言う人は多いことで
しょう。

でも私は、もし自分も同じ状況に置かれたら同じことをするかもしれないと思っ
て受け入れていく、そういう社会でないといけないと思うのです。

「自分は決してそんな犯罪を犯すような人間ではない」、そう思って罪人を分別
してしまうことが、あらゆる争いの源泉だと知るべきなのです。

そういう意味では、翻(ひるがえ:意に反した動きをする)って考えると自粛警察
となる人も決して自分と遠い存在ではないと言えます。

今、マスクをしていない人を見たら怖いと思うでしょう?

怖いと思うだけならいいですけど、「非常識な人だ」と怒りを覚えることもある
のではないでしょうか。

そのように、誰もが同じ行動を取る可能性がある、というところまで立ち戻ら
なければ、社会は一体化しないと思うのです。



4)戦うべきはコロナではなく変わろうとしない人たち

――ますます、元の価値観に戻ってはいけないんだなと痛感してきました。

元に戻ろうとすることは、突き詰めれば自分と違う考えを否定し、分断化を促進
することにもつながるわけですよね。

岸見 : 伊坂幸太郎さんが『PK』という小説を書かれているのですが、この本では
冒頭でアドラーの言葉が引用されているのです。ただし、アドラーの原文では
あっさりと「勇気と臆病は伝染する」と書かれています。

でも伊坂さんが天才作家だなと思ったのは、その言葉の後の部分、つまり「臆病
は伝染する」というテーマで小説を書き始めていたことです。

我々は口実をもうけて課題から逃げようとするし、いともたやすく圧力に屈する、
と。

たとえば「嘘をつけ」と言われれば、皆嘘をつくわけです。小説では、そのように
臆病は伝染するという話がずっと書かれています。

ところが終盤になって、登場人物の一人が伝染するのは臆病だけではない、といい、
勇気も伝染するという話になるのです。

そのとき読者は、そうか、勇気は伝染するのだと気づかされるのです。私はこの
くだりを読んで、勇気をまず自分が持たないといけないのだと強く思いました。

小説を読んだのは今回の出来事が起こる随分前のことですが、「一人が変わること
で世の中は変わり得る」ということを強く教えてもらいました。

コロナ禍をきっかけに、そういった勇気を持った人が前向きになり、伝染し、
マジョリティ(多数という意味)になりつつあるのではないかと思います。

だからこそ時代を元に戻してはいけないし、必ず変わるだろうとも思っています。

――そうお聞きすると、戦うべきはコロナウイルスではなくて変えようとしない
人たちかもしれませんね。

岸見 : これまでは上が白と言ったら黒いものも白だった。
上から「嘘をつけ」と言われたら嘘をついていた。そうやって自己保身に走って、
実際に昇進していましたからね。

賭博をしても捕まるどころか、退職金を得る人すらいました。こんな世の中は
おかしいと、皆が思わなければいけないはずです。しかし今は、少しずつですが
声を上げる人が増えてきたわけです。

「声を上げても誰も賛同してくれない」と思わなくていい時代に、我々はきて
いると思います。

変えようとしない人は手ごわいですが、今までと同じではだめなのだと分かる
よう、粘り強く説得していくしかありません。

そういう動きがあれば、彼らもやがて気づくでしょう。「否定し続けていれば
不正も通る」というやり方はもう通用しない、ということに。

そういう意味では、私はこれからの世の中に対してやや楽観的になっているの
です。

ここまでが、岸見さんへのインタビューになります。


私のまとめとしては、“戦うべきはコロナではなく、またコロナの終息を指を
くわえて待つのではなく、この大きな変化に対して、皆さんが変わっていかな
ければならない、つまり戦うべき相手は変化を恐れる自分自身ではないでしょ
うか”。

私もいろいろと考えていきます。参考にしてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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