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健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
この夏休み、次男が読書感想文を書くためにテーブルに置いていた
本をついつい読んでしまいました。

「だからあなたも生き抜いて」から。大平光代さんの著書です。

タイトルは、過去聞いたことがあるように思えましたが、あまり記憶
がありません。

読んでいくうちに、どんどん引き込まれましたが、いじめられている
前半の文章については、途中から気分が悪くなりました。胸が重く、
あまりに悲惨なので、吐きそうになりました。

大津のいじめ事件を見て、もんもんとしていましたので、余計に感情
的になったのかもしれません。

以下は、本の内容を整理したものです。

作者の大平光代さんは、母方の祖母と一緒に暮らすため、同じ市内の
学校へ転校しました。大平さんが中学一年生のときです。ここから、
大平さんの波乱万丈の人生が始まるのです。

転校して、しばらくは良かったのですが、同じクラスの子から陰湿な
いじめを受けるようになりました。最初は、無視されたり、すれちが
うときにわざとぶつかったりされる程度だったのですが、友達と呼べ
る子を含め、クラス全員が無視をするようになったのです。

日に日にいじめが激しくなり、机の上に落書きをされたり、筆箱が
真っ二つに割られてゴミ箱に捨てられたりするようになりました。
さらに、お腹の調子が悪く、休み時間にトイレに入っていると、
「バシャー」という音とともに、バケツ一杯分もあろう水を頭から
かけられたりしたのです。

このあと学校に行けなくなり、親にも先生にも理解されずに、恐怖の
日々を過ごすことになったのです。中学二年生になった大平さんは、
仲のいい三人の子ができたのですが、親友のふりをして、聞き出した
内容をみんなに話しては、陰で笑っていたのです。親友と思っていた
三人が、手のひらを返したようにいじめる側につき、親にも言えない
ような秘密や悩みが全部筒抜けだったのです。

転校してきていじめられ続けてきたことや、親友だと思っていた子に
裏切られたショックで、自殺を図りました。「どれだけ苦しんだか、
思い知らせてやりたい...」と。

幸い、通りがかりの男女に助けられ、緊急手術の結果、命びろいを
したのです。退院後、三ヵ月ぶりに学校の門をくぐったのですが、
突き刺すような視線を浴び、世間の白い目というものを感じたのです。

とくにクラスの生徒から、「死に損ない」と言われ、このときを境に、
非行の道に入っていったのです。そして、十六歳のとき極道の妻となり、
背中に刺青を入れました。さらに、荒れ果て、両親にも暴力を振るう
ようになりました。大好きな祖母の声さえ、大平さんの心には届きま
せんでした。

本を読んでいくなかで、大平さんの寂しさに、両親や周りの人がなぜ
気づいてやれなかったのか、またクラス全員がいじめていることに
心を傷めなかったのか、正直信じられませんでした。

子供のいじめにしても、大人の社会の勝ち組、負け組にしても、なんら
変わらないのです。

私が、小学校1年生のとき、福岡県から母の実家近くの大分県に引っ
越したとき、集団のいじめにあいました。先生に言っても表面的な
対応ばかり、親には言えず、苦しんだことが全部浮かびあがりました。

作者の場合、その後、好きだった祖母がなくなり、自分の居場所が
ほしくてその世界に入ったものの、結局そこにも自分の居場所がなく、
身も心もぼろぼろになり、離婚したのです。

この時、父の友人である大平浩三郎さんと出会い、人生の転機が訪れ
たのです。小さい頃、「おっちゃん」と呼んで親しんでいた大平浩
三郎さんが、「この世で、もうあかんということはなに一つない。

やらんうちからあきらめたらあかん」と言っては立ち直らせてくれた
のです。とても感動しました。

なかでも一番感動したのは、大平さん(作者)がいじめてきた人達を
恨んでいると言ったことに対して、「だったら復讐したらええやんか、
でもその方法を誤ったらあかん。

もし相手に危害を加えたり、おとしいれたりする方法で復讐したら、
傷つけてしまった相手は二度と元に戻れへんし、自分自身に跳ね返って
くる。それよりも、最大の復讐は自分が立ち直ることや。なにか資格
を身につけなさい」です。

大平さん(作者)は立ち直り、中卒の学歴を乗り越えて、宅建、司法
書士と次々と合格し、二十九歳で、ついに司法試験に合格しました。

父母、祖母へのこれまでの罪を償いたいと、猛勉強をしたのです。
資格勉強の際、何ども何ども挫折しそうになったとき、おっちゃんが
いつも励ましてくれたのです。

ついに心から安らげる居場所を見つけることができたのです。そして、
ガンで亡くなる前の父の願いにより、弁護士になると同時に、おっち
ゃんの養女になったのです。

現在、非行少年の更生に努める弁護士として活躍中です。

大津のいじめについても、このおっちゃんに出会えていたら、生き抜
いていたかもしれません。

作者と同じように、集団のいじめにあったときの映像が、今でもハッキリ
と憶えています。

とくに新しい学校から家までの道もよく分からず、不安なときでした。
この本にも書かれていましたが、いじめたほうは、憶えていない
かと思いますが、いじめられたほうの記憶はなくなりません。
一人一人の名前まで憶えています。

一つの集団だけでなく、他のメンバーからのいじめにもあいました。
ただ、前の学校では、自分がケンカは一番強いと思っていたのが救い
でした。

父が買ってくれたお気に入りの傘を取られ、最後に壊されたとき、
悲しいよりも、この本の作者のように、絶対に仕返しをしてやると。
家に帰って傘が壊れていることに対して、父に思いっきり怒られま
したが、本当の理由は言えませんでした。

次の日、私は朝早く学校に行き、いじめられたメンバーのリーダ格の
一人がくつ箱にくつを入れようとした瞬間、いきなり殴り倒したのです。
また、別のいじめたメンバーは、昼休みに砂場に呼び出し、はがいじめ
にしたあと、砂場に押し倒し、上に乗り、威嚇したのです。

集団には勝てませんが、一人ずつには勝てると思い、このようなことを
しました。

このあとから、だれもいじめなくなり、だんだんと一緒に遊ぶというか
だんだん慕ってくれるようになりました。

この本ではありませんが、ここから少し生意気な感じとなり、中学1年
生に入ったばかりのとき、またまたいじめにあいました。

中学1年生のとき、私の身長は146cm、相手は170cmもある同級生
です。朝礼にいくとき、いきなり階段で殴られ、階段を転げ落ちたあと、
さらに殴られ、下駄箱までふっ飛ばされました。たくさんの生徒の前で、
カッコ悪いこと。何が起こったのか、びっくりしました。

さらに給食の前に手を洗おうとしたところ、不良グループのメンバーの
一人から、思いっきり首を絞められ、とっさに反撃をしました。

この本の作者が、暴力団の妻になったように、私も強さを求めていき
ました。少林寺拳法もこのようなことから、始めました。

さらに、女番長(女性の集団)から呼び出されました。身体はでかいし、
可愛い顔をしながら、怖かったことを憶えています。
このときは、両手でにぎりこぶしをつくって、そして下からにらみ
つけるようにして威嚇しました。きたら反撃するしかないと腹をくくり、
このあとどうなったか怖くて記憶があまりありません。

こういったことが重なり、逆に学生服のボタンを上から二つくらい外し、
上級生の不良達と遊ぶようになりました。同級生の友達の質もだんだんと
悪くなりました。

このままではいけないと思いつつ、ズルズルとそういった生活を過ごす
ようになりました。めちゃめちゃなことをしていましたが、省略します。
ただ、いじめられたり、困っている方は救うようなことをしておりました。

私の場合、おっちゃんではなく、中学3年生のとき、奥家のおばちゃんに
出会い、人生がどんどん好転していきました。

いじめをする側がとにかく悪い、見て見ぬふりをする人も悪い、いじめ
で悩んでいるいる人がたくさんいると思いますが、この本を読んでいた
だき、勇気をもって生きてもらいたいと思います。

今回は、この本と出会い、良くも悪くも過去がよみがえりました。強い
振りをしている自分がいて、でも弱くてちっさな自分がいたのです。

いじめは本当に心が痛みます。弱い人を強くしていきたい自分もあります。

しかし、本当の強さは、この本のおっちゃんのように見返すのが一番正しい
ように思えます。

いい勉強になりました。自分の人生を振り返り、反省中です。
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