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健身練(けんしんれん)の活動を通じて得た健康情報をご紹介します。 http://www.eonet.ne.jp/~yorokobi/
快癒力(上)に続いて、(下)になります。快癒力の本の内容
をいくつか編集しております。素晴らしい本なので、ぜひ購入
して詳しく見てください。

1.はじめに
病気にならない人はどのような人なのか、また病気が治る人は
どのような人なのか、といったことが、岡山県で、リウマチの専門医
として開業している篠原佳年(しのはらよしとし)医師が、「快癒力
(かいゆりょく)」という本に書かれています。

「意識が病気をつくり、意識が病気を治す(上)」に続いて、
皆さんにお伝えしたいことを、記載いたします。

2.目に見えない世界も厳然(げんぜん)とある
私たちは病気について考えるとき、どうしても西洋医学的な
考え方をします。ひとつは細菌を念頭におく。コレラはコレラ
菌、赤痢は赤痢菌、エイズはエイズウイルスによって引き起こ
されると思っています。

肥満とか高血圧が成人病を招くというとき、脂肪が体内でどの
ようになり、血管がどうなるから高血圧になって・・・とすべ
て具体的な説明をされて納得する。

そういう思考に慣らされているために「わけわからないが治る」
というようないい方は信用されません。

気などはさしずめわかりにくい筆頭で、信じる人間は信じるが、
一般の人は話には耳を傾けても、いざとなると検査づけ、薬づけ
と知りつつ、結局は現代医療の世話になってしまうのが現実では
ないでしょうか。

だが目に見えない世界というのが厳然と存在するという事実に、
もう少し目を向けてほしいのです。

その世界を知ることが実は病気にならない、あるいは病気を治す
ためにはひじょうに大切なことです。

最近、気功や超能力、宇宙エネルギーなど目に見えないものが
注目されはじめているのは、そういうものの影響力が想像以上
に大きいことがわかってきたからです。

目に見えないといっても、それは人間の肉眼で見えない、顕微
鏡で見えないということであって、それだけの理由で存在を否定
することはできません。

昔、顕微鏡のない時代は肉眼で見える世界しか存在が確認でき
ませんでした。いまは目に見えなくても微小な微生物の存在を
疑う人はいません。

それ以上に現代は物質の究極の姿がわかるようになってきました。
すべての物質が原子核と電子からなる原子によって構成されてい
ることは物理学の常識です。

最近さらにミクロの世界の探究が進んで、クォークとか他の極微
細物質(ごくびさいぶっしつ)の存在も確認されています。

人の目に見える波長の光である可視光線で見えるものは、この
宇宙にある電磁場の0.00数%のオーダーだという説もあり
ます。※難しい内容となりますが。

つまり私たちは宇宙にあるものの、ほんの極小部分(ごくしょう
ぶぶん)しかキャッチしていないらしいのです。

いずれにしろ量子理論を総合すると、この宇宙空間にある、あら
ゆる存在は同一のものから構成されている。そして物質もエネル
ギーも状態の違いにすぎないことがわかってきました。

人間を構成しているものは、宇宙を構成しているものとまったく
同一であり、原子核のまわりを電子がまわっているさまは、太陽
のまわりを惑星がまわっているのと同じ、ミクロの世界の裏返し
がマクロの世界だということになります。

病気となんの関係があるのかと思う人もおられるでしょう。いま
では医学もこういった宇宙論、宇宙の成り立ち、物質の根源、
あるいは宇宙の法則というものを抜きにして考えられないのです。

何もない空間からさまざまな物質を取り出し、その物質を他の物
質に変えたり、また瞬時に他の場所に物を移動させる超能力の存在
は、私自身がこの目で確認しています。

こうした超常現象を頭から否定していては、健康や病気について
も正しい対応ができなくなります。といって、私は正直いって
オカルトや超能力というものにそう興味を抱(いだ)いているわけ
ではありません。

現代医療の限界を強く感じていた私は突破口を見いだすため、死ん
だ人間を生き返らすといわれている神の化身(けしん)サイババ
に会うためにインドにも行きました。

「病気とは生命エネルギー、すなわち気というものが、形をつくり
出した心の影」「私たちは病気を通して生や健康を学んでいる」
「病気は熱きメッセージである」。

こういう病気観が確立したのはそのときの経験がひとつのきっかけ
になっています。

サイババからは結局、直接教えを受けることはできなかったのです
が、サイババという神々しい存在を前にして自分の心に問いかけた。

人間と宇宙が同じ法則によって構成されているなら、人はある心的
状態になったときに宇宙の究極の意志である、創造主から、そう
したことを教わるのだと思います。

3.なぜ病気はよくないと考えるのか
あらゆる病気は、その人自身が自分の超能力でつくり出しています。
胃潰瘍もガンもリウマチも、自分の潜在意識が体内につくり出した
もの、言い換えれば意識が物質化したものにはかなりません。

意識によってつくられた病気である以上、意識によって治らない
はずがありません。そこに気がつくことが、病気治しのはじまりと
いってよいでしょう。

霊障にはじまって、私は気功や超能力に首をつっ込み、いろいろと
遍歴(へんれき)しましたが、それによって得たのは「病気はその
人の意識によって引き起こされている」ということだけだったよう
な気がします。

現在の医療は、実際に人間の目に見える世界を対象にしています。
人間の肉体のなかを電子顕微鏡で見たものが治療の対象なのです。

だが病気の第一原因が意識だとすると、意識は目に見えないから、
目に見える限定された範囲内をいくら治療しても病気は治らない
ことになります。

そういう治らない病気を「難病は霊障だ」という非科学的な考え方が
治してしまう。

実際は霊障でもなんでもなく、気というもの、すなわち宇宙エネル
ギーを利用して、意識を変革することで治すのですが、現代医学が
ないがしろにした点を補っていることは認めないわけにはいきません。

といって私は西洋医学を否定はしません。西洋医学の素晴らしい
ところを大いに生かし、欠けているところは別の考え方で補って
病気を治していけばよいと思っています。

私は医師として病気を治すことに夢中になってきました。大げさに
いえば、そのためなら「悪魔に魂を売ってもいい」とすら思ってきま
した。

だがいまは「病気になることはそんなに悪いことなのだろうか」という
思いが強いのです。病気になることは、ものの本質、すなわち何が自分
にとって大事なことなのか、ということを「気づかせ」てもらうための、
またとない機会なのではないか、と考えるようになったのです。

実際、私が接してきたリウマチ患者さんたちは、難病を抱えて苦しん
だり、悩んだりしています。しかしその代りといってはなんですが、
地位や名誉や財産といった世俗的な欲望に振りまわされている人は
ほとんどおりません。

彼らの悩みはひたすら病気だけであって、それ以外の悩みからは解放
されている。これだって考えようによっては、リウマチという病気が
もたらすひとつの恩恵といえなくもない。

また、病気になることによって家族のきずなが強まることもある。
さらにいえば病気になることは、過去のその人の生き方への警報でも
あります。
 
「あなたのこれまでの生き方は問題ですよ」と教えてくれている。
その欠点に気がついて修正すれば、健康で長寿が保てる。たとえ、
それがかなわなくても、病気による不安、ストレス、恐れはなくなる。

このように考えれば、病気というものをそう簡単に悪者にするのは
明らかに間違いなのです。

病気は神さまからの熱きメッセージである。―――私たちはそれぞれ
懸命に生きています。だがその懸命さがいつも正しいとはかぎらない。

それは会社や社会とは調和しているかもしれないが、人間を生かして
いる自然や宇宙の法則と合致しているとはかぎりません。

また自分にとって心地よくても、周囲の人や家族にとっては好ましく
ないかもしれない。

病気になってそういうことに気がつくこともあるはずです。病気に
なると、これまで見えていなかった「本当の自分の姿」が見えてくる
のです。そのことがいちばん大事なのです。

4.治ったイメージづくりがいちばん大切
医者は病気を治せない。医者は患者さんにとって病気を治すための
よきパートナーにすぎず、薬も注射も一時的に患者さんの患部の痛み
を抑えるだけのもの。病気を治すのは患者さんの内部にある自然治癒
力なのです。

医者のなかには、医学の治療こそが病気を治すような錯覚を患者さん
に与える人がいますが、それは大きな間違いです。

また逆に、医学で未解明だからと「この病気は一生、上手につきあい
なさい」というのもおかしいのです。

では患者さんのよきパートナーとしての医者はいったい何をすれば
よいのか。私は気づきの手助けだと思っています。

具体的には、医師の役目は患者さんにたえず「病気の治ったイメージを
与えること」だと私は思っています。それによって患者さんが「治る」
という意識をもてれば、それが何よりも効果のある治療になりうるの
です。

医師の一言は患者さんにとって、ときに神の一言なのです。医師の軽い
一言が、患者さんにとっては心を砕く(くだく)巨大な岩石にもなり
かねない。「ガンではないか」と思い悩んでいる人は、医師が眉(まゆ)
をひそめただけで絶望してしまうかもしれないのです。

だから医師は検査の結果をただ告げればいい、というものではありま
せん。患者さんの心の状態を知ることも大事なのです。

私がつねに心がけているのは、患者さんに「治ったイメージ」を与える
ことですが、私の専門であるリウマチでは、この方法がいちばん効(き)
き目があるのです。

病気になれば医者とのつきあいが出てきます。そして病人にとっての
医者は、とりあえず、いちばん頼りにしたい人間です。

病気の発見段階から「治ったイメージ」を送ってあげれば、患者さん
の心を不安から治癒への期待へと転換させることができるのです。

わかったことは、肯定的に考えることは決して気休めなどではない。
自分が治って旅行に出かける姿とか、仕事に復帰した姿などをイメージ
することが、患者さんのもつ自然治癒力を高める最善の方法だと実感
したのです。

ところが、いまは患者さんのほうが、そういうやり方を信じてくれる
人が少ないのです。なかには信じてくれる人もいますし、素直な人は
私のそういう試みに応じてくれますが、生半可な西洋医学の知識を
もつ人、薬と注射と検査を最先端の医学と盲信している人には、なか
なかわかってもらえません。

ここまでが、本の内容になりますが、篠原医師は、リウマチの患者さん
たちの症状を少しでも和らげ、なんとか治癒にまでもっていく方法は
ないものかと、必死に暗中模索し、試行錯誤を繰り返した結果、「気」
というものにたどりついたのです。

私も気功療法をやっているなかで、「気」というものの素晴らしさと
不思議さに、日々、驚かされています。

「あなたの意識が、あなたの身体をつくっている」のです。病気になる
ことは「健康のありがたさに気づかせてもらう、身体からのメッセージ」。

病気になることは、篠原医師の考え同様、健康への第一歩だと私も
思っています。

最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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